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公開日:2018年6月7日 更新日:2020年8月4日
針を手に50年。江戸刺繍職人の辻口良保さんは、今も刺繍の可能性にチャレンジし続けています。
刺繍から逃げ出したいって思ったときがありましてね。親父もじいさんも、先祖代々刺繍職人でしょ。大変さを肌で感じているところがあったからかな。どうしても離れたかった。でも結局、また刺繍に戻ってきちゃってね。なんというのかなぁ。刺繍しかすることがないんですよ。刺繍は自分そのものなんですね。
親父から刺繍のいろはを教わったけど、親父は何も言わない人でね。でも、それが私にはよかったんだと思います。形にはまらず自由に製作に取り組めた。昔から絵を描くことが好きだったんだけど、刺繍は布に絹糸で絵を描くようなもので、絹糸の色だって絶対にこの色を使わなければいけないなんて決まりはないんです。単に規則正しく糸で面を覆っているだけじゃないの。刺繍は皆さんが想像されているよりも、もっと自由度の高いものなのです。
草履や鞄、傘など「日常で使えるものに刺繍をいかしたい」と辻口さん
小さな刺繍の世界の中に物語が描かれる
刺繍で何を“表現”するかってことが大事なんですね。技術だけなら時間を費やせば誰でも取得できる。縫うだけでは、単なる作業でしかないと思います。だから自分で図案を描いて縫っていこうと、昔話などをモチーフに図案をあれこれ考えています。おばけを刺繍した反物を地元の小学生たちに見せたら、ものすごく喜んで刺繍に興味を示してくれましたよ。図案だけじゃなく、何にどんなところに刺繍できるかなと考えを巡らせていると、刺繍の可能性をとても感じるんです。こんなにも多様な表現ができるといまだに発見がある。
それでもし自分が作ったものをお客さんにダメって言われたら、それはきっとダメなんですよ。いい悪いはお客さんが決めるんだから。
(文:吉川麻子撮影:蓑輪政之)
京風、加賀風、江戸風がある日本刺繍。江戸(東京)で製作された刺繍を江戸刺繍と呼び、華美な色あわせよりもシックな色あわせを楽しむ。図柄を置くときに、空間を楽しむような刺繍の入れ方をすることも特色です。
辻口良保さん
1938年台東区生まれ。父が歌舞伎の衣装を製作する刺繍職人で家業を継ぐことに。30代目前で、歌舞伎の衣装から転向。現在は、着物から日常使いのものまで幅広くこなす。「足立伝統工芸品展」出展や、板橋区や江東区などで刺繍教室を開きながら刺繍の魅力を多くの人々に伝え続けている。
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