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公開日:2026年2月5日 更新日:2026年2月5日

江戸刺繍職人 辻口 良保

江戸刺繍を続けてきたから広がる世界

「刺繍の可能性を追求し続け、今でも続けられることが幸せ」と言う辻口さん。「刺繍を身近に」との思いで、素縫いの技術を活かした自らのデザインによるさまざまな製品を作成しています。

感性と絹糸が生地に織りなす世界 -自分流でいいと思えるまで-

辻口さんの作業風景祖父の代から続く歌舞伎役者の衣装を専門に製作する職人の家に生まれ、職場兼自宅で自然と刺繍に親しんだ。25歳の頃に父に誘いにより家業に就業し、父や兄弟子に囲まれる中で江戸刺繍の100種類に及ぶ技術を習得した。家業を継ぐも、30歳目前に結婚を機に独立し、歌舞伎衣装から転向、相撲の化粧まわしから帯や着物などの和服全般の刺繍や小物まで幅広い作品を製作するようになる。様々な刺繍の仕事の行うことでさらなる技術を集積していったという。多くの江戸刺繍の技術の中で、辻口さんが、特に得意とするのは「ぼかし縫い」と「さしおとし」で、見た人にばらつきを感じさせない高度な技術で作品を製作し、心を込めた一針一針と豊富な技術力が生み出すグラデーションは、他者と比較しても独特の色合いを持っています。

集積された高い技術力によって、注文者の人の好みや要望を組んで施す「誂え刺繍」作品も多く作成していますが、辻口さんの作品の強みは、なんといっても「素縫い」の技術。「素縫い」とは、絹地の生地に直に絵を描くことで、自身で図柄を構成し、注文者に提案することも可能となり、また、自身の描きたい図柄を作品として表現することができます。糸の太さ、撚りの甘さなどを考えながら自分で糸を撚り、色とりどりの糸を使いながら、まるで糸と針で細密画を描くように仕上げていきます。これは、父親の図案を描くのを手伝ってきたからこそ、自分でデザインすることができるようになったそうです。当初は、ちゃんと絵の勉強をしているわけでないことに引け目を感じ、自信がもてなかったそうですが、依頼主の日本画家に「(日本画などを)習えばそこに属してしまう。属す必要はないのだから、あなたは刺繍画にすればいい。」と言われ、「自分がいいと思うものをやればいい。」と自分流で良いんだと、その言葉に気持ちが軽くなったそうです。こうして、辻口さんの細い絹糸で描かれていく世界は無限に広がっていきました。

現代の生活に息づく伝統を守るとは -答えのない問いに挑む-

江戸刺繡の小物江戸刺繍職人として、60余年。その間、時代や生活の変化を刺繍と共に歩んだ辻口さん。バブルの時代は高値で着物が売れ、モノの価値があやふやになっていたと振り返る。生活様式もかわり、着物を着る人が少なくなり、和装装飾としての刺繍の需要がなくなってきた。職人として、いい仕事さえしていれば、いいのだと思っていたので、仕事がなくなるなんてことは想像していなかった、世の中がかわり、職人たちの働く仕組みそのものがかわるという劇的な変化だったと語る。昔を振り返っても仕方がない、でもあきらめても仕方がない、辻口さんなりの江戸刺繍職人としての向き合い方を模索し続けたと言います。ここで生かされたのが長年培ってきた刺繍の技術と「素縫い」で生地に絹糸で縦横無尽に自分の世界を広げる芸術的なセンス。現在の生活の中で「刺繍を身近に使ってもらえたら」という想いを針にこめて、素縫いの技術を活かしたデザインで、他業種店との連携によりさまざまな商品を作成して販売。物があふれる時代になり、伝統工芸品は高価というイメージがあるが、細い絹糸が織りなす手間や美しさ、実際に手に取って、見て、使ってその良さをわかってもらえたらと願っている。

平成29年には、全国伝統的公募展に、名古屋帯「薊」で入選。この「薊」をあしらった、さまざまな小物なども作成している。作品作成のかたわら続けるのは、平成9年頃からライフワークとして、積極的に江戸刺繍教室を主催し、小学校への刺繍教室など、江戸刺繍の普及や技術を伝えることに力を注いでいる。現在は自宅で刺繍教室を開設し、10年以上、通いつづけている生徒もいる。そんな姿を見ると、仕事としてではなく、刺繍が好きなのだと、うらやましく感じると言う。

弟子はとらなかったが、持てる技術は長く刺繍に携わる主婦である娘に受け継ぎ、現在は仕事をサポートしてもらっている。しかしながら、辻口さんも娘も、家業とすることは望まなかった。時代の変遷の中で辻口さんは、職人として生きていくことの大変さもまた感じているのだ。娘の作品は、辻口さんの技術を継承しながら、現代の女性ならではの感性を生かしたデザインの愛らしい作品が特徴。これが、小物を持つ女性に人気があり、辻口さんには真似できない作品だという。素縫いの技術で、自分でデザインをすることが得意ではあるが、伝統としての江戸刺繍の世界観があり、そこから出ることができない。そう考えたとき、娘のデザインはどうなのかと思うこともある。でも、娘は(職業・稼業としての)職人ではないから自由であり、だからこそ若い女性が手に取ってくれるのであれば、それが現代に江戸刺繍を伝えるということなのだろうかと。

蓄光刺繍アート(寄贈品)辻口さん自身、模索し共に歩んだ「伝統」と「江戸刺繍」の世界、問いかけは続く。年齢を重ねて思うことは、この年齢になっても自分にやれることは結局「刺繍」しかないということ。「刺繍の可能性を追求しています」と言えばかっこいいけれど、これしかやることがない。そんな辻口さんの挑戦はまだまだ続く。令和4年度には、東京都優秀技能者知事賞受賞(東京マイスター)に選ばれた。令和5年には、東京の伝統的工芸品チャレンジ大賞に応募。蓄光刺繍アートに挑戦。デザインを専門家と相談し、絹の布に、蓄光糸と絹糸で美しい鯉を刺繍。ガラス板と圧着させたディスプレイ用プレート。圧着させることでいつまでも色あせることなく色鮮やかに江戸刺繍を楽しむことができ、蓄光により暗い場所では鯉が浮き上がって見える仕掛けで鯉がいきいきとしている。蓄光糸での刺繍は絹糸より難しく、ガラスとの圧着の際の熱で絹布が縮んでしまい、試作段階で何枚も刺繍作品を作ったという辻口さん渾身の作品。この作品は、多くの方にご覧いただきたいと、区に寄贈され、産業センター1階で展示されている。

「江戸刺繍のおかげで、たくさんの人に出会え、刺繍が人生を豊かにしてくれていることは間違えない。自営業には退職があるわけではないから、今も続けて、毎日やることがある。今も続けられていることが何より幸せだね」と語る。

 

江戸刺繍

日本最古のものは飛鳥時代の繍仏です。装飾としての刺繍は、平安時代以降であり、江戸時代には、町人の衣類にも刺繍が施されました。直線的な模様表現の刺と曲線的な繍があり、余白を活かし図柄を置くのが江戸刺繍の特徴です。

 

辻口 良保

辻口さんの写真

1938年〇〇生まれ。東京都伝統工芸士。
昭和38年、歌舞伎衣装刺繍職人の父に弟子入り(入社)し、結婚を機に、昭和42年に独立。
令和4年東京マイスター受賞。

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