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公開日:2025年1月1日 更新日:2025年1月1日

2025年新春特別インタビュー滝沢秀一さん

2025年 新春特別インタビュー「“二足のわらじ”のワケ」お笑い芸人×ごみ清掃員 滝沢秀一さん

お笑い芸人とごみ清掃員の“二足のわらじ”を続けるマシンガンズ・滝沢さんは足立区出身。昨年は足立区のプロモーション事業である「ワケあり区、足立区。」のイベントにご協力いただきました。お笑いもごみ清掃員の仕事も「今が過去最高の状態」と語るほど絶好調の滝沢さんに、お笑い芸人になったきっかけや、ごみ清掃員をしているからこその気付きなどとともに、“二足のわらじ”のワケを伺いました。

 

 

お笑いの原点は足立区。強烈だったビートたけし体験

相方の西堀とマシンガンズというお笑いコンビを組んでから、2025年が28年目になります。おかげさまでお笑いもごみ清掃員の仕事も順調で、間違いなく今が過去最高の状態です。もっとも、仕事に対するスタンスは昔となんにも変わっていないので、棚からぼた餅が落ちてきたという気持ちなんですけどね。これまで大変なこともたくさんあったけど、本当に辞めなくて良かった。

お笑いをはじめた原点って足立区なんです。3歳で足立区に引っ越してきてからずっと住んでいました。お笑いは小さいころから好きだったんですが、僕がハマった決定的な理由が近所のスポーツセンターで見たツービート。母親がビートたけしさんの大ファンで連れて行かれたんです。だけど、待てど暮せどたけしさんが来なかった。相方のきよしさんがひとりでずっとつないでて、それも子どもながらに「すごいな」と思いました。とはいえ、全然来ないんで、「もう帰ろうよ~」って言った瞬間、たけしさんが到着して地響きのような歓声があがったんです。もう、まさにドカーン!って爆発した状態。あれはすごかった。「お笑い芸人ってカッコいいな」ってはじめて思った瞬間でした。これが僕のお笑いの原点。ダウンタウンさんや爆笑問題さんにも影響を受けましたけど、原点といえばたけしさんですね。

近所の廃車置場が遊び場

小さいころの遊び場は、家から1~2分の場所にあった廃車置場。不法投棄されたごみの山があって、よく落ちていたタイヤとかを転がして遊んでいました。まだテレビゲームもなかったですし、そこにいけばごみの中から遊べるものがいっぱいあるから、僕にとっては良い遊び場でした。そうやって考えると、「ごみをなくそう」とは思ってなかったけど、「ごみを利用して遊ぼう」という考え方は当時から僕の中にあったんですね。「あるものを使ってなんとかしよう」っていう考え方は、今も自分の中に刻み込まれています。

高校はたけしさんと同じ、足立高校に行きました。中学で器械体操をやっていて、足立区の大会では1位をとったこともあったので、ほかの高校からスポーツ推薦の話がきていたんです。でも、そこは男子校だったので行かず、共学の都立足立高等学校を選びました。そこで初めてたけしさんが卒業された学校だったことを知ってびっくりしましたね。当時、たけしさんを教えた体育の先生もいらっしゃって、たけしさんの学生時代の話もいろいろ聞きました。偶然でしたけど、嬉しかったですね。

小学生時代の滝沢さん
小学生時代の滝沢さん

追い詰められて選んだごみ清掃員 待っていたのはハードな仕事

今はマシンガンズの活動と並行してごみ清掃員をやっています。いわゆる“二足のわらじ”ってやつです。ただ、それもずっと順調だったわけではなくて、いろいろな経緯があって今があります。

マシンガンズを結成してから30年近くやっていますが、正直、解散しようと思ったことは何度もあります。だけど、解散するってよっぽど次に繋がることがなければできない切り札でもあるんです。続けていればたまに営業も入るし、もしかしたら売れるかもっていう期待もどこかにある。『エンタの神様』や『レッドカーペット』に出ていた経歴もあるし、後ろ向きな継続かもしれないけど、マシンガンズであることをずっと続けてきました。

契機となったのは、やっぱり子どもが生まれたこと。当時のお笑い界では子どもが生まれたら辞めるのがなんとなくの風潮だったんです。だけど、子どもが生まれてもお笑いを続けられることを後輩たちに見せたいと思って、お笑いと両立できる仕事を探し始めました。

とはいえ、最初は仕事が見つからず大変でした。バイトの面接はすべて落とされました。お笑いをやりながらだとどうしても時間の都合がつかなかったりして、難しいんです。芸人を辞めた友だちの紹介でようやく入れて貰えたのがごみ清掃員の仕事。最初のうちは仕事ができる喜びがありましたが、これがもう、週5でごみ清掃員をやると本職になってきてしまう。ハードワークだし、身体もキツい。3年くらい経ったときには辞めたいとしか思えなくなっていました。

 

“日本一のごみ清掃員”になろう 同期芸人を見て意識が変わった

そんなある日、同期の芸人であるサンドウィッチマンがテレビ番組に出ているのを見ました。彼らは日本一の漫才師を決める大会で優勝したにも関わらず、司会者から一番遠い席に座っていた。それを見たときに、「あれ?日本一の漫才師であるサンドウィッチマンでもあの席なんだったら、俺らの席なんてないじゃねえか」って茫然としました。

そこからなんとかしないといけないと考え、もう一つの仕事のごみ収集の仕事を突き詰めて、“日本一のごみ清掃員”になろうと決めました。そうしたらそれまではすべて同じに見えていたごみに個性があることに気づいたんです。そこからは、本当にびっくりするくらいごみに対する視点が変わりました。


ごみ清掃員としてのキャリアは10年以上になる

ごみに対する視点が変わると、「今、流行しているものが何か」とか「地域によってどんな特徴があるか」とか「お金持ちはどういう生活をしているか」とかがごみを通して全部わかってくる。具体的に言うと、お金持ちが多い地域って圧倒的にごみが少ないんです。一般的な住宅街だと、100円ショップで買った容器や、洋服のごみがめちゃくちゃ出るけど、お金持ちが多い地域は、容器のごみも少ないし、洋服のごみもほぼ出ない。それからは自分でもお金持ちのごみの出し方を真似するようにしました。「そもそもお金持ちは、買い物をするときからごみを出さないことを考えているんだろうな」と考え方も改めた結果、ごみ清掃に目覚めてからの僕は良い意味で人格が変わったと思います。以前より“明るくなった”とはよく言われますからね。

“二足のわらじ”だからこそ お笑いにも良い効果が

ごみ清掃員としての意識が高まってくると不思議なことに、お笑いの仕事も増えてきました。“二足のわらじ”生活をするようになってから、良い意味で気が楽になったというか。お笑いでウケなくても「明日のごみ収集を頑張ろう」って切り替えられるし、ごみ収集で嫌なことがあったときも「じゃあそれを舞台で喋っちまおう」って気持ちになったんです。

マシンガンズは『THE SECOND~漫才トーナメント~2023』で、決勝戦に進むことができました。でも、決勝に進むコンビは3本ネタをやらないといけないのに、僕らは2本しか用意してなくて、決勝の最後の1本を全部アドリブでやったんです。そうしたら、それが大会通して最低得点だった。2本目までは「優勝しちゃうんじゃないか」と思うくらい良い出来だったのに……。でも、不思議と楽しかったんです。“二足のわらじ”の生活になって、漫才一筋だったときよりも心に余裕ができたからかもしれません。


漫才をするマシンガンズの2人。滝沢さんは左で、右は相方の西堀さん

 

SNSでごみ収集情報を発信

足立区の給食は羨ましいSNSでごみに関する発信を始めてから、「ごみを意識して捨てるようになったよ」と言ってくれる方がいて、やって良かったなと思います。いちばん嬉しいのは収集する側のことを意識してごみを捨ててくれているとき。例えば竹串をティッシュの箱に入れて捨てくれたり(厚紙なので飛び出してこない)、リチウム電池やスプレー缶だということをしっかり袋に表記してくれたりとか。そうしてくれているとめちゃくちゃ助かります。特にリチウム電池は圧縮に弱く、運搬中に爆発することがあって非常に危険なので、中身を袋に書いてくれていると本当に助かります。

僕は今、清掃員として培った知識や経験をもとに、いろいろなことに取り組んでいます。去年、足立区のプロモーション事業「ワケあり区、足立区。」のイベントに参加させてもらいましたが、そこで知ったのが、足立区の学校給食への取り組み。僕が住んでいたころの足立区の給食はお世辞にも美味しいとはいえなくて、給食の時間を過ぎても別室で食べていたくらいでした。それが今や足立区の全学校で天然だしを使った給食を作っていると聞きました。しかもセブン-イレブンとコラボして足立区の給食を売り出したほどだとか。羨ましいです。「おいしい給食」を食べることで、必然的に残菜も出なくなるし、子どもたちの食育にもつながるし、もっと早くやって欲しかったなって思います。残菜や牛乳を捨ててしまうと環境問題にもなりますし、区が率先して食品ロスに取り組むのは素晴らしいことです。

 

足立区を推すワケは やっぱり人がいいから

足立区って昔のやんちゃなイメージのせいか、「足立区育ちなの?大変だろ?」って言われるんですけど、住んでいた側からするとそんなヒドいところじゃないっていうのが素直な感想です。僕が小さいころは、大雨が降ると浸水することも度々あって大変でしたが、今はそんなこともありません。北千住の駅前なんてめちゃくちゃ整備されましたしね。一方で昔ながらの飲み屋がたくさんあるのがいいところです。芸人を始めたころ、駅前の居酒屋で深夜にバイトして、朝からやってる飲み屋で稼いだバイト代を全部使ったりしたのも良い思い出です。マルイで衣装もよく買っていました。

なんだかんだいって学生時代の同級生とかは今も連絡をくれます。足立区出身だとメディアや番組などで言うと、みんな応援してくれるのも嬉しいです。番組にメッセージをくれたり、町で会ったら「面白かったよ~」って言ってくれたり、足立区から出た人を応援してくれる雰囲気がある。だから僕は足立区出身ですって言っていますし、これからも言い続けます。

画像:足立区を推すワケは やっぱり人がいいから

 

プロフィール

滝沢秀一さんプロフィール

マシンガンズ・滝沢 秀一(たきざわ しゅういち)
1976年生まれ。3~22歳を足立区で過ごす。都立足立高等学校卒業。1998年、西堀亮とお笑いコンビ「マシンガンズ」を結成。お笑い芸人として活躍する一方、2012年からごみ収集会社に就職。ごみ清掃員としての体験を綴った書籍も出版している。2020年には消費者庁「食品ロス削減推進大賞審査委員会委員長賞」を受賞。

※インタビューの内容などは、取材当時のものです。

 

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マシンガンズ・滝沢秀一さんの著書『ゴミ清掃員の日常』(講談社/原作・構成 滝沢秀一/まんが 滝沢友紀)とサイン色紙のセットが5人に当たります!

申し込み期限:令和7年1月14日(火曜日)必着

お年玉プレゼント

撮影協力:仲町の家

仲町の家

築約100年の日本家屋。足立区・東京藝術大学・NPO法人音まち計画の3者連携による市民参加型アートプロジェクト「アートアクセス 音まち千住の縁」が運営する文化サロンとして、人と人・人と文化をつなぐ拠点となっている。

https://aaa-senju.com/p/10011

 

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