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公開日:2023年11月27日 更新日:2023年11月27日

2024年は荒川放水路 通水から100年

 明治43年(1910年)8月に東日本を大水害が襲いました。梅雨前線と二つの台風が重なったことで、豪雨により河川が氾濫。東京府だけでも150万人が被災する大惨事だったといいます。これを契機に政府が着手した主な河川の治水計画の中に、荒川下流改修が含まれていたのです。

 荒川の岩淵地点から東京湾までの約22kmに渡り、陸地に新たに水路を掘ってできたのが現在の荒川下流部です。掘削工事が始まったのは大正2年(1913年)、全川に水が通ったのは大正13年(1924年)でした。つまり通水までおよそ10年を費やしたことになります。

 通水の前年には関東大震災が襲い、工事も影響を受けたそうですが、建設中だった岩淵水門は、少しも被害を受けることなく、翌年無事完成を迎えました。

 この岩淵水門を設計したのが青山士(あきら)氏で、日本でただ1人パナマ運河の建設に従事した人だそうです。水門現場の土質がゆるかったことから、地中の土台部にコンクリート製の箱型基礎12基を配置するとともに、水門は当時珍しかった鉄筋コンクリート構造だったため、関東大震災の被災を免れたと聞きました。

 国土交通省のパンフレットには青山氏が軽くポーズをとった写真が1枚掲載されていますが、面長のなかなかのイケメン。ってあんまり関係ないですね…。

 通水100年を記念して、国や沿川自治体を中心にイベントも予定されているようです。その際は改めてご報告いたします。

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