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公開日:2018年12月18日 更新日:2018年12月18日

奥の細道

芭蕉はここから出発しました


矢立初めの碑

 

 

『奥の細道』は江戸深川(現江東区)から奥州・北陸などを巡り、美濃国大垣(現岐阜県大垣市)にいたる約5か月におよぶ旅を題材にした作品で、元禄7(1694)年に成立しました。

 

旧暦の元禄2年3月27日(新暦では1689年5月16日)に深川から船で千住に赴いた松尾芭蕉は、多くの門人たちが見送る中、河合曽良をともなって旅立ちました。

『奥の細道』には千住で詠んだ矢立初めの句「行春や鳥啼魚の目は泪(ゆくはるやとりなきうおのめはなみだ)」が載せられています。この句は編さん時の句であり、実際の千住来訪時の作は「鮎の子のしら魚送る別哉(あゆのこのしらうおおくるわかれかな)」であったという研究があります。「行春や…」の「魚」、「鮎の子の…」の「しら魚」は千住の名産である「白魚」を詠みこんでいることでも知られています。


松尾芭蕉像


奥の細道(享保12・1727年の写本)

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