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公開日:2023年3月17日 更新日:2023年3月17日
真言宗豊山派 安養院 住職
内藤 良家(ないとう・りょうけ)さん
「大黒湯を見るたびに立派な建物だなと思っていました。名の知れた銭湯だと聞いていましたから、お風呂屋さんが好きな方とか誰かが保存のために動いているものかと。ですが、解体間近と聞き、どうにか保存したいと考えるようになりました」。大黒湯の唐破風屋根の移築に奔走した、千住の古刹・安養院の内藤良家住職は振り返る。
2021年6月に惜しまれつつ閉店した千住の大黒湯。銭湯研究の第一人者で庶民文化研究家の町田忍氏が名付けた「キングオブ銭湯」として全国的にも有名で、銭湯の代名詞的な存在だった。
大黒湯から移築した荘厳な唐破風屋根(からはふやね)
神社仏閣のような重厚な造りの銭湯は「宮造り銭湯」と呼ばれ、東京近郊ならではの銭湯だ。大正12年の関東大震災後、「人々を勇気づけたい」という銭湯経営者の思いに、当時の宮大工が手を貸し、復興への願いから建てられるようになった。昭和4年に建造された大黒湯。唐破風屋根と二重の千鳥破風屋根の三段構えの屋根や、大黒様の彫刻をそなえた厳かな外観は、数ある宮造り銭湯のなかでも群を抜いている。
内藤良家住職はもともと古い建物、絵画など文化財に造詣が深い。「大黒湯は、千住の宝であり、足立区の宝であり、東京の宝であり、ひいては日本の宝。“関東大震災からの復興”の願いが込められたもので、あの時代にしか建てられなかった文化財だと思います。それを失くしてしまったら、二度と造れない。なんとか残せないものかと思案しました」と語る。
そして、ある朝読経をしているときに、安養院に移築することを思いついた。
屋根下正面に鎮座する大黒様と透かし彫りの鳳凰
唐破風屋根移築工事の様子
内藤良家住職の英断で突如動き出した大黒湯の移築プロジェクト。その成功を支えたのは、「人の輪」だ。
まず、移築には物理的なハードルがあった。大黒湯の唐破風屋根が、安養院に移築可能な大きさかどうかということだ。内藤良家住職は、かねてより知り合いだった西工務店(足立区新田2丁目)の西定治(にしさだはる)棟梁に声をかけ、解体寸前の大黒湯に向かった。西工務店はお寺や銭湯の建築経験が豊富だ。大黒湯の唐破風屋根を見た西定治棟梁は、「おそらく移築できる」と言ってくれた。
なかなか会えなかった大黒湯の女将さんとの話し合いがようやく叶い、その翌日、承諾を得ることができた。「奇跡的な展開でした。安養院が関東大震災から再建したのは大正13年。同じ時代に建てられた建物としても、大黒湯さんとはご縁があったのかなと思います」と内藤住職は微笑む。
移築は決まったが、大黒湯の解体工事まで時間がなかった。西定治棟梁の尽力のもと、“頭(かしら)”と呼ばれる鳶職(とびしょく)の方々の協力を得て、わずか1週間ほどで唐破風屋根の取り外しと安養院への運搬がおこなわれた。「移築を思い至ってからわずか2週間、本当に劇的な展開をたどりました」。大黒湯の移築を支えた背景には、人の輪が織りなすネットワークがあった。
様々な人の思いが集まって実現した唐破風屋根の移築
足立区に6組ある江戸消防記念会の鳶頭(かしら)から奉納された天井のまとい絵(6枚)ほか銭湯や地域にゆかりのあるアーティストなどが奉納した格天井の絵。移築された唐破風屋根の下にみられる
もうひとつ、クラウドファンディングにも挑戦した。資金を集めるだけでなく、この活動を知ってほしいという思いが強かった。
大黒湯唐破風屋根の移築プロジェクトに関わっていた、千住らしい建物の活用に取り組む「千住いえまち」のメンバーの紹介で、銭湯の魅力や文化を広める活動をしている「あだち銭湯文化普及会」の荒木久美子さんと巡り合い、クラウドファンディングに共同で挑戦した。
「クラウドファンディングをはじめてみると、実は大黒湯を残したいと思っている人が他にもたくさんいることがわかりました。“安養院さん、よくぞ移築を決断してくれた!”というコメントを沢山いただきました」。銭湯愛好家の方、古い建物が好きな方、大黒湯に通っていた近所の方、皆それぞれの思いで大黒湯を残したいと願っていた。「クラウドファンディングが個々の思いをひとつにまとめるプラットフォームになれたこと、それが結果的にすごい力になったと思います。出資を募るということと併せて、とても励みになりました」と語る。
また、プロジェクトのメインキャラクターを作り、クラウドファンディングのリターンとして、Tシャツ・タオル・瓦せんべいなども制作した。デザインは、千住で90年を超える古民家に暮らし活動するアーティスト、緒方彩乃さんが担当。「お寺っぽいものではなく、いまの時代に親しみやすいデザインにしてくれました」と内藤良家住職も太鼓判を押す、ユーモラスでおしゃれなキャラクターだ。
千住の文化を残したいと願う様々な人たちのちからによって、大黒湯唐破風屋根の移築は実現した。
ユーモアたっぷりでおしゃれなDAIKOKU SANオリジナルタオル
安養院に移築した大黒湯の唐破風屋根を見に来る人は今も絶えないという。声をかけてくれる人、静かにじっと見ていく人、様々な人が訪れる。「皆さんが喜んでくださっていると実感できます」。銭湯は、お風呂に入るだけでなく、安らげる交流の場として人々が集う「拠り所」でもある。その役割を安養院が受け継ぎ、新たな場となっているのだ。
2022年9月に行われた移築の「完成披露の日」には、「キングオブ銭湯」の名付け親である庶民文化研究家の町田忍氏をはじめ、足立区長、移築に携わった大工の親方衆、鳶の頭が大勢集まった。足立区で活躍する30名ほどの鳶の頭たちは、「木やり歌」という伝統の歌や、「纏(まとい)」の振り込みを披露し、式典を盛り上げた。
大黒湯唐破風屋根を移築した安養院を新しい拠り所に
「外国人が日本文化の良さを発見するように、“外”から来た方が千住のまち並みを守ろうと動いてくれます。本来なら住んでいる私たちがやらなければならないと思うので、そうした方々に刺激を受けています」。住んでいると気が付かないまちの魅力を、千住の“外”から来た人たちのピュアな感性によって気づかされることが多いという。
「千住には昔、宿場があったという他にはない魅力があります。千住の宿場らしさを守るために、これからも古い建物を残していけたら。それが地域のためにできる住職の役割でもあると考えています」と穏やかに語る。
大黒湯の唐破風屋根という“千住の宝”を守った内藤住職。その思いは人の輪をつなぎ、千住の街並みを未来に伝える大きなちからになっている。
真言宗豊山派 西林山安養院(長福寺)
足立区千住5-17-9
TEL:03-3881-0686
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