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公開日:2023年1月23日 更新日:2023年2月7日

俳優:仲代達矢

【区制90周年特別企画】挑み続ける、90歳。俳優 仲代達矢 -全身全霊で舞台に立つ -

 

日本を代表する役者の一人、仲代達矢さん。足立区と同じ90歳にして、今なお現役で芝居と向き合う原動力はどこからくるのでしょうか。今年3月、足立区の「シアター1010」で行われる舞台『バリモア』の公演を前に、71年におよぶ役者人生を振り返りながら、舞台に懸ける想いを語っていただきました。

 

 

 

いまの自分なら、どう演じられるか。努力を重ね、全身全霊で舞台へ。

 

90歳、現役で役者を続けるということ

19歳で役者の世界に飛び込み、日本映画の黄金時代を支えた名監督・名優との出会いによって、役者として磨かれていった仲代さん。90歳の今も現役で役者を続ける思いとは

「心配性」だから、準備は徹底的に

2022年の12月で90歳になりました。足立区も2022年に区制90周年を迎えたそうなので、私と同い年ですね(笑)。自分が90歳まで生きるとは思っていなかったし、ましてや現役で役者を続けていられるなんて思ってもいませんでしたよ。自分でも不思議でしょうがないんですが。考えてみると、私は意気地がなくて、心配性だから、しょっちゅう医者に行くんです。そのおかげで、大きな病気もせずにこの歳までやってこられたのかな。

役者としても心配性でね。いまだに「今度の舞台、大丈夫かな」なんて思うと眠れなくなる(笑)。セリフは大丈夫か、声はちゃんと出るか。常に心配だから、その分、事前の準備は徹底的にします。その繰り返しで、70年以上、現役の役者としてなんとかやってこられたんじゃないかと思います。

子どものころから人前で何かをするのが苦手な引っ込み思案だったけど、「役を演じる」ことで、そんな自分を打破してきた人生だったのかもしれません。

名監督、名優との出会い

私は1932年の生まれで、戦中戦後の物のない時代に育ちました。7歳のときに父親が亡くなったこともあって家は貧しくて、高校を出てから色々な仕事をしました。あるとき、仕事仲間から「おまえ、顔がいいから役者にでもなれよ」と言われて、当時から映画を観るのは好きだったので、それもいいかなと思って俳優座付属養成所の門を叩いたのが19歳のときです。

名監督、名優との出会い

そこで芝居の基礎を叩きこまれて、映画の仕事をし始めました。そのころは日本映画の黄金期と呼ぶべき時代でした。黒澤明監督、小林正樹監督、成瀬巳喜男監督などの映画史に名を刻む名監督、三船敏郎さんや高峰秀子さんなどの名優と仕事をさせてもらったことで役者として鍛えられ、さまざまな芝居の技を身体で覚えていきました。運が良かったなと思うのは、私は松竹や東映などの大手映画会社の専属にならずにフリーランスで芝居をしていたので、どこの映画会社からでもお声がかかれば出演することができたんです。そのおかげで、様々な名監督や名優とご一緒することができた。これは、私にとって今でも大切な宝物です。

 

「もっとうまくなりたい」が原動力

「もっとうまくなりたい」が原動力役者というのは、脚本に書かれたセリフの本質を理解して演じるという意味ではアーティスト・芸術家という面もありますが、最終的にはそれを自分の身体を使って表現するという意味ではアスリートのようなところがあります。だから、若いころから毎日ジョギングをして、それなりに体は鍛えてきました。ただ、70歳まではヘビースモーカーで。もともとぜん息持ちだったこともあって、あるとき、医者に「仲代さん、ここでタバコをやめないと声が出なくなって役者を続けられなくなりますよ」と言われてスパッとやめたんです。そのとき、一緒にお酒もやめようと思ったんですが、こればかりはやめられずに、今でも毎晩、焼酎をおいしくいただいております(笑)。

本来、アスリートであれば、30~40代で現役を引退するんでしょうけど、役者というのは、その年齢に応じて演じられる役があるから、体と頭がしっかりしていれば続けられるんですね。90歳で現役の役者を続ける原動力とは何か、と聞かれたから、「もっとうまくなりたい」という思いがあることでしょうか。ひとつの舞台、ひとつの作品を終えると、「あそこはもっとこうすればよかったな」と思うことが、今でもしょっちゅうあります。「次はもっとこうしよう」と思うから、いまだに続けられているのかもしれません。

舞台『バリモア』にかける情熱

90歳で挑む一人芝居『バリモア』。仲代さんは、あえて難易度の高い作品を選び、自分にプレッシャーをかける

一人芝居を通して描く人生の光と影

足立区の「シアター1010」で3月に行う舞台『バリモア』は、2014年、81歳のときに初演した作品です。かつてハリウッドで華々しく活躍した俳優 ジョン・バリモアが、年老いて落ちぶれて、それでもなんとか再起を果たそうと舞台のリハーサルに挑む姿を描いています。一人の役者の栄光と凋落、再起にかける情熱をどこか自虐的に描いた作品です。

1010シアター

 

どんな人生にも良いときがあれば悪いときもある。人生の光と影、そして再び光を求める生きざまを、観る方の人生とも重ねてご覧いただけるのではないかと思っています。プロンプター(出演者にセリフを伝える黒子)を声で演じる役者が一人いる以外、舞台に立つのは私だけ。覚えるセリフ量も膨大で稽古は大変ですが、自らやると決めたからには立派に演じ切るしかありません。

 

 

「名優」にあぐらをかいてる場合じゃない

81歳のときも苦労して演じた役ですが、90歳になった今の自分がこれをどう演じ切るのか、あえて自分で自分にプレッシャーをかけているようなところもあります。9年前と比べて、体力も精神力も落ちていることは確かですが、それを跳ね返そうと思って、90歳でこの難しい役にあえて挑戦してみようと思ったんです。負けず嫌いなのかな(笑)。だいたい役者は60~70代くらいになると「名優」扱いされるんですけど、体力、精神力は落ちてくるし、若い人の何倍も努力をして、精進しないと、とてもじゃないけど追いつけない。そのことを自覚したうえで、どこまでやれるのかが重要なんです。「名優」と言われることにあぐらをかいてる場合じゃないんです(笑)。

映画やドラマの仕事もしますが、やはり舞台が自分の原点であり、役者としての軸だという思いは今も変わりません。演出家はいても、ひとたび舞台に出れば、あとは役者の自己責任。いい芝居をしてお客さんに満足してもらえれば拍手を浴び、うまくいかなければがっかりされる。役者の実力がそのままさらけ出されるのが舞台なんです。だから面白い。舞台でしっかり演じることができれば、その役者は映画やテレビに行ってもきちんと通用する、というのが私の持論なんです。

 

舞台人から見た「シアター1010」の魅力

足立区の文化・芸術の拠点「シアター1010」。数多くの劇場に立ち続けてきた仲代さんは、この場所の魅力をどう感じているのだろうか

「あだちの宝」ですよ

「もっとうまくなりたい」が原動力

私は全国色々な劇場で芝居をしますが、地方である程度の規模の劇場となると、音楽のコンサート用に造られた建物が多いんです。楽器や歌の響きを重視して造られているので、演劇に使う場合、声が響きすぎてしまって、役者としてはお客さん一人ひとりに声を届かせるのに少し苦労する。私が名誉館長を務めている石川県の「能登演劇堂」という劇場は、全国でも数少ない演劇専用の劇場として設計されています。2022年に『左の腕』という舞台で使わせていただいた足立区の「シアター1010」も、(専用ではないものの)演劇のためにつくられたということもあって、とても素敵な劇場でした。いい劇場だと噂には聞いていたんですけど、実際に舞台に立って演じてみたら、声が広がり過ぎることもなくて、とてもやりやすかった。客席数も701席と、お客さんにしっかり声を届けるのに最適な広さです。

記念展の様子2022年3月には、この施設内のギャラリーで記念展(足立区制90周年記念プレイベント 仲代達矢 役者七十周年記念展 1952-2021)も開催してもらいました。自分の過去を振り返るのはあまり好きじゃないんですが、70年の節目として、これまで関わった作品に関する資料や写真、衣装などを展示してもらいました。ギャラリーや劇場という文化的な施設が駅のすぐそばにあるのは、たいへん素晴らしいなと思いましたね。足立区の宝ですよ。この劇場で、90歳になった私の『バリモア』を皆さんに観ていただけるのがとてもうれしくて、今からワクワクしています。終わったとき、「ああ、もう一本やりたい」と思うかもしれないので、「これが最後の舞台」とは言いたくないんですが、もしかすると、これが最後になるかもしれません。そのつもりで、全身全霊をかけて挑むつもりです。

 

演劇は「人間とは何か」を問いかける

コロナ禍では「不要不急」といわれたエンターテインメントの世界。演劇や映画は、はたして私たちに何をもたらしてくれるのか。仲代さんが、演劇や映画を通して次世代に伝えたいことを語ってくれた

今こそ生の舞台に触れてほしい

私が若手俳優を育てるための養成所「無名塾」を亡き妻・宮崎恭子とともに創設して48年。次世代を担う若い人たちに何かを手渡していくことは、長く生きた者の責任でもあると思っています。すぐれた芸能・芸術というものは、「人間とは何か」を観る者に問いかけてくるものです。そして、悪しき大きな力に対して「個」に何ができるのかをつねに突きつける。今、世界では混乱と混迷が続いていますが、私は演劇や映画というものを通じて平和を訴えていきたいし、それが戦争体験者としての自分の役目だとも思っています。戦争をテーマにした作品でなくとも、芝居ができる状況自体が平和の証なんですよ。

今はパソコンやスマホの中だけですべてが完結してしまい、人と人が生身で関わる機会が減っているようです。だからこそ、次世代を担う若い人たちには、生身の役者が舞台で発する熱量を知ってもらいたい。本物の芸能・芸術に触れて、「人間とは何か」「平和とは何か」を自分なりに考えてもらえたら、と思いますね。

今こそ生の舞台に触れてほしい

撮影協力/無名塾

 

バリモア

3月16日~23日シアター1010で上演!

作:ウィリアム・ルース
翻訳・演出:丹野郁弓
出演:仲代達矢 赤羽秀之(声)

波乱万丈の人生を送ったアメリカのスター俳優 ジョン・バリモア。アルコール依存症となり破滅しかけたなかで、再起をかけた舞台のリハーサルに挑むバリモアの姿を、仲代達矢が演じる。

■料金=S席(1階)9,000円/A席(2階)6,500円
■問先=シアター1010チケットセンター 
電話:03-5244-1011

> 公演の詳細を見る

無名塾『バリモア』

 
 

 

プロフィール

仲代達矢プロフィール

仲代達矢(90歳)

1932年、東京生まれ。俳優座付属養成所を経て、数多くの舞台や映画作品に出演。また、俳優育成のための私塾「無名塾」を1975年に設立、全国で公演を行う。主な出演作に、舞台「ハムレット」「四谷怪談」、映画「人間の條件」「乱」など。2015年度文化勲章受章。俳優生活70年を超え、約10年前に演じた話題作『バリモア』に今年再び挑む。

※インタビューの内容などは、取材当時のものです。

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