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公開日:2021年8月6日 更新日:2021年8月6日

夢に挑戦

夢に挑戦

今できることを、全力で。

 

令和3年8月10日号のあだち広報では、足立区で車いすスポーツに励むお二人を特集しました。「パラリンピックに日本代表選手として出場したい」というお二人の熱い想いを紹介します。

 

車いすソフトボール

病気によって、歩けなくなる

久我太一さん(中学1年生)

小学2年生のときに「梅田ヤングスターズ」に入り、野球を始めました。でも僕はすごく下手で、年下の子が試合に出られるのに僕はベンチ、ということも多かったです。そんなとき、お父さんの知人であり、僕の憧れの選手でもある松井稼頭央(まつい・かずお)選手(現埼玉西武ライオンズ二軍監督)の練習を見学する機会があり、自分も松井選手みたいになれたらいいなと思うようになりました。

 

それからもっと野球を一生懸命やるようになり、試合に出て、ヒットも打てるようになりました。このまま頑張ればレギュラーになれるかも。という矢先に脊髄梗塞を発症、歩けなくなりました。この病気は治療法がなく、「治すことではなく、日常生活ができるようになることを目標にリハビリをしましょう。」とお医者さんに言われました。

バットとボールが自分を前に向かせてくれた

バットとボールが自分を前に向かせてくれた

二度と野球ができなくなったはずなのに、心の支えになったのは野球でした。松井稼頭央選手がお見舞いに来てくれて、グローブをくれたんです。それは楽天時代の最後にショートを守った試合で使ったグローブで、僕は嬉しくてずっと枕元に置いて寝ていました。お父さんが病室に持ってきてくれたものも、野球漫画や野球ゲームでした。7カ月の入院も、そうした心の支えがあったおかげで前向きにリハビリすることができました。

そして、同じ病院に入院していた友だちから、車いすソフトボールに誘われました。バットとボールを握る機会を再びもらえたことがすごく嬉しくて、すぐに体験会に参加しました。

病気によって、歩けなくなる

すべての人が平等に楽しめる競技

僕が所属するチームは「Glitters(グリッターズ)」。大人が中心のチームで、僕はチームで2番目に若いです。チームの雰囲気は明るく、技術も親切に教えてくれます。車いすソフトボールは、障がいの有無、性別や年齢に関係なく平等に楽しめる競技で、そういったところが最大の魅力だと思っています。まだ競技人口が少ないので、他チームの選手も交じって試合をすることもあり、チームに関係なくみんな仲が良いです。

すべての人が平等に楽しめる競技

車いすソフトボールでは、打席、出塁、守備、全てにおいて上半身の力をとにかく使います。外野までボールを飛ばしたのに、送球が間に合ってアウトにされてしまうことも多い。それほど上半身の強い選手が多い競技です。僕はまだまだ力不足だと感じているので、スイングスピードや車いすの速度を上げるために、リハビリと並行して筋力トレーニングもやっていきたいです。

めざせ正式種目! そして日本代表選手へ

車いすソフトボールは現在、パラリンピック正式種目ではありませんが、正式種目に認定されたら絶対に日本代表選手として出場したいです。いまはコロナ禍で難しい部分もありますが、車いすソフトボールの練習を頑張るのはもちろん、車いすソフトボールの正式種目認定をめざした普及活動にも、積極的に参加するつもりです。

もし、少しでも気になる方がいたら、大会を見に来てほしいです。ほとんどの大会では体験会も併設していて、選手たちが丁寧に教えてくれます。車いすソフトボールがどれだけ奥深く、楽しい競技なのかすぐに分かってもらえると思います。

めざせ正式種目!そして日本代表選手へ

 

車いすソフトボール
※「軟式野球ボール」、「通常のソフトボール」、「車いすソフトボール」の順にボールが大きくなる

車いすソフトボール

障がい者と健常者、男性、女性、年齢においても分け隔てなく誰もが一緒に同じフィールドで楽しむことのできる、バリアフリーなスポーツ。障がいの重さなどに応じて選手に持ち点が与えられ、21点を超えないよう10人でチームを組む。ボールの大きさは通常のソフトボールより一回り大きく、ツーストライク後のファウルは三振になるなど、特徴的なルールがある。
また、車いすを操作するため、ほとんどの選手がグローブを付けていない。現在、全国で19チームが活動中。

 

車いすテニス

事故で2年間の松葉杖生活に

松本怜樹さん(高校3年生)

小学4年生のとき、私は交通事故に遭い、足に切断寸前の重傷を負いました。それからの2年間は松葉杖生活で、元々好きだったスポーツも出来なくなりました。今までどおりの動きができなくなってしまいましたが、家族の献身的なサポートはもちろん、学校の友だちもいつもどおり接してくれるだけでなく、給食の食器を運んでくれたり、移動教室のときに教科書を持ってくれたりと、心身ともにサポートしてくれました。そういった環境が整っていたことが幸いし、事故から立ち直ることができました。

きっかけはスポーツ推進委員との交流

車いすテニスを始めたのは中学1年生になってからです。総合スポーツセンターで開催された「障がい者スポーツフェスティバル」に参加したとき、スポーツ推進委員の飯ヶ谷(いいがや)さんからパラスポーツを勧められたことがきっかけです。その催しで、ビーチボールを使ったテニスを体験するコーナーに行きました。また、飯ヶ谷さんの知り合いである、パラリンピアンの星義輝(ほし・よしてる)さんを紹介してもらい、教えてもらうようになりました。私は球技がそこまで得意ではありませんでしたが、車いすテニスには大きな魅力を感じました。

事故で2年間の松葉杖生活に

曲線の動きで試合を制する

きっかけはスポーツ推進委員との交流

車いすテニスの特徴は、「チェアワーク(車いすの操作)」にあります。通常のテニスは直線的な動きが多いですが、車いすでは直角の動きや急な方向転換はできないため、川のような曲線の動きが必要です。また、車いすではスピードが限られるので、ポジション取りがより重要になります。相手の球筋を読み、移動地点を常に考えコート内を移動し、精度の高いショットを打つ。駆け引きをしつつ車いすを力強く正確に走らせる技術の獲得は、並みの努力ではできないことですが、それがこの競技の難しさであり、魅力でもあります。

憧れの舞台で力強くプレーしたい

曲線の動きで試合を制する

車いすテニスを始めて6年になりますが、定期的な検査入院やコロナ禍での活動自粛、今年は大学受験も重なり、練習時間の確保が難しくなっています。車いすテニスを通して知り合った友人とも会えないので、とても寂しいです。それでも今の状況が落ち着いて、また車いすテニスができるようになった日のために、腹筋、背筋を中心とした筋力トレーニングやストレッチなど、今できることを毎日欠かさず行っています。

まだまだ実力不足ですが、パラリンピックでプレーができるよう目標を高く持ち、いつかは憧れの舞台で、力強いプレーができるような選手になりたいです!

憧れの舞台で力強くプレーしたい

足立区では、総合スポーツセンターで多くのパラスポーツのイベントが開かれています。どんな人でも楽しめるのがパラスポーツの最大の魅力ですので、パラスポーツイベントに参加して様々な経緯を持つ人々と交流しながら親しんでもらえたらなと思います。

 

車いすテニス

車いすテニス

※転倒防止用のリアキャスターが特徴

使用するコートやネットの高さ、用具(ラケット・ボール)は通常のテニスと同じ。大きな違いは、2バウンドまでの返球が認められている点。1バウンド目はコート内でバウンドさせなければいけないが、2バウンド目はコート外でも構わない。
上半身を目一杯使ったサーブや細かく激しい動きに対応するため、車いすには転倒防止用のリアキャスターが装着されている。
1992年バルセロナ大会からパラリンピック正式種目となった。

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