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公開日:2024年1月23日 更新日:2024年1月23日

世界に誇る唯一無二の人形芝居 文楽

【太夫 豊竹呂太夫x足立区長 記念対談】世界に誇る唯一無二の人形芝居 文楽

伝統芸能の拠点である国立劇場(千代田区隼町4-1)は、施設の老朽化に伴い、5年10月末をもって閉場。建て替え期間中、国立劇場主催の「文楽」公演の会場の1つとしてシアター1010が選ばれ、5年12月から公演を行っています。
今回、6年4月に「十一代目豊竹若太夫」を襲名し、5月にはシアター1010で襲名披露公演を行う予定の豊竹呂太夫(とよたけろだゆう)師匠と足立区長の対談が実現!文楽の魅力や楽しみ方を語っていただきました。

※以下、敬称略

★...義太夫界における由緒ある名跡(代々襲名する名前)。今回の襲名は、十代目が1967年に逝去して以来、57年ぶりの名跡復活となった。

 

 

 

劇場は、まちなかにあるのが本来

[区長]
待ちに待った公演が、5年12月からシアター1010ではじまりました。

[呂太夫]
良い劇場ですねえ。私も12月の公演を観せてもろたんですが、とにかく音響が良いですし、人形もよく見えます。太夫や三味線が登場する「床」の回転もしっかりできてて、字幕も使えて、言うことなしですよ。場所も都心から近くて便利やし、劇場を出れば、おいしいもんを飲み食いできるお店がいっぱいの、にぎやかなまちですわ。やっぱり劇場は、まちなかにあるのが本来の姿やないですかね。

劇場は、まちなかにあるのが本来

宿場町に響く「義太夫節」

[区長]
千住に宿場ができて、来年で400年です。

[呂太夫]
そんな長い歴史があるまちなんですね。「義太夫節」が今の形になったのも、かなり昔のことです。竹本義太夫が、作者の近松門左衛門と組んで、『出世景清』を上演した1685年がはじまりとされてますから。

[区長]
呂太夫師匠が語られるのが、まさにその義太夫節ですね。

[呂太夫]
ええ。物語に節をつけて語るのが「浄瑠璃」で、三味線と一緒に演奏する語り物音楽ですね。常磐津や清元、新内なんかもその仲間ですが、なかでも竹本義太夫がはじめた義太夫節は、「音曲の司」といわれるほど代表的な音楽ですよ。

★常磐津や清元、新内...いずれも三味線音楽の一種

 

古典芸能はすべてが新鮮

[区長]
そんなに伝統がある芸能を足立区にお迎えすることができ、とてもありがたいのですけれど、だからこそ、ちょっと敷居が高く感じてしまうかもしれません。

[呂太夫]
いやいや、そんなことはありません。誰でも楽しめると思いますよ!古典芸能いうのは、昔のもんが目の前でど~んと演じられるわけですから、今の人にとっては、何でもかんでもきっと新鮮なはずなんです。はじめて文楽を見たら、そら忙しいですよ。太夫はとんでもない大声出すし、太棹(ふとざお)という大きな三味線がベンベン鳴るし、人形の後ろでは遣うてる人が顔を出してるし、字幕は見なあかんし、筋も追わなあかん。いったいどっちへ顔を向けたらええのかわからへん。

[区長]
たしかに、キョロキョロしてしまって、落ち着いて観られないかもしれません。

[呂太夫]
それでええんです。そうやって、あっちこっち見たり聴いたりしているうちに、その人がおもしろいと感じるところを、ちょっとずつ拾ってもらえるはずですから。

 

文楽は「三業 」+観客による「四位一体」の芸能

[区長]
一つの物語を太夫と三味線と人形で描き出すのが、文楽という芸能なんですね。

[呂太夫]
その三つを「三業(さんぎょう)」といい、それぞれが大汗をかきながら、一生懸命勤めます。

[区長]
だから、三位一体の芸と呼ばれるわけですね。

[呂太夫]
そうなんですけど、僕は、そこにお客さんも含めて、「四位一体」やないかと思うてます。文楽と同じ演目を、歌舞伎で演じるときと比べてもらうと、わかりやすいかもしれません。同じ役を演じるにしても、歌舞伎と文楽では違いますからね。

[区長]
歌舞伎では役者さんが演じますが、観客ごとにご贔屓の役者さんがいて、役も重要ですが、むしろその役者さんに注目が集まることも多そうですよね。

[呂太夫]
ところが文楽やと、人形で見せます。

[区長]
その人形が、まるで生きているように演技してくれるから、観客はそこに魅せられます。

文楽は「三業 」+観客による「四位一体」の芸能[呂太夫]
ええ。文楽は、1体の人形を3人で遣うという大げさなことしますしね。でも、あの人形、もともとは木で作られてる、ただの木偶(でく)でしかないんです。そんな人形が、泣いたり笑ったり悲しんだり喜んだりして、まるで生きてるように感じるのは、お客さんがそこに自分の気持ちを投影してるからやないでしょうか。

[区長]
観客も、物語を描き出すための当事者の一人だ、ということですね。

[呂太夫]
もともと生きてないものを生かすために、太夫、三味線、人形が必死になって物語を描こうとして、お客さんもそれに反応してくれる。文楽は四位一体やと思うのは、そういうわけです。お客さんと三業とのぶつかり合いで良くも悪くもなりますね。

[区長]
その四位一体の境地には、いつもなれるものでしょうか。

[呂太夫]
いやいや、なかなかそうはいきませんね。僕も若い頃は、自分で勝手にやってただけで、お客さんの反応まで、気が回りませんでした。それがこのごろ、ようやく、「あ、今お客さんも乗ってくれてるな」と感じられるようになったわけです。

[区長]
そんなときは、気持ちが良いでしょうね。

[呂太夫]
会場全体が四位一体になってるように感じるときは、お客さんと一緒に舞台の中を歩んでるような感覚になって、これが本当にうれしいんです。

 

語る言葉があってこその文楽

[区長]
だからこそ文楽では、言葉がいっそう重要なのですね。

[呂太夫]
文楽の上演は、太夫がまず、戯曲と語り方を筆で書き写した「床本(ゆかほん) 」を掲げて、作者や先人に敬意を表するところからはじまります。語る言葉があってこその文楽なんです。

[区長]
三業の人たちの呼吸が自然に合うのも、言葉と語りが根本にあるからなんですね。

[呂太夫]
太夫は、タクトを振るわけやないですけど、コンダクターのようなものかもしれません。

[区長]
なるほど、音楽でいうところのマエストロですね!

[呂太夫]
そうです!けれど、そのマエストロ、大声で語り続けなあきません。いろんな役のしゃべる言葉から、場面の情景まで、すべて一人で語り分けます。しかも、マイクなし。客席のいちばん奥まで届かせるために一生修業し続けるのが、太夫です。

[区長]
そのためには、日頃から喉を大事にされるのでしょうね。

[呂太夫]
喉も大事ですけど、もっと大事なのは腹なんです。座りながら大きな声を出すというのは、腹から声を出すための腹式呼吸にはとても難しい体勢です。稽古で鍛えるだけでなく、身のこしらえにも工夫をしないと、腹から声は出せません。お尻の下には「尻引(しりひき) 」という小さな台をあてて、両足の爪先を立たせて座ります。外側からは見えませんが、下腹には、帆布(はんぷ)のような硬い生地でできた「腹帯(はらおび) 」を何重にも巻いて、力を込められるようにしてます。はじめのうちは、ろくに声さえ出せません。30代、40代と稽古を重ねることで、ようやく10分、20分と語れるようになっていくんですよ。

[区長]
太夫の修業は、そんなに長いものなのですね!

[呂太夫]
私は今、76歳ですけど、次の公演では、毎日1時間ほど語り続けることになります。若い頃には、とてもそんなに長く語れませんでしたが、このごろ、ようやくできるようになりました。

 

健康を保つ秘訣は「じゃがいも」

健康を保つ秘訣は「じゃがいも」

[区長]
世間一般の社会であれば、もう現役を退かれる年齢なのに、それどころか、ますます勢いをつけておられるようですね。健康には、ずいぶん気を配っておられるのでは。

[呂太夫]
とくに変わったことはしておりませんけれど、睡眠はしっかりとります。8時間は横になるようにしてますね。目が覚めていても横になっていることで、免疫力が高まるそうです。起きてからは、ストレッチや腕立て伏せ、スクワットとか。移動のときも、なるべくタクシーは使わんと、駅では階段を登るようにしてます。そして、じゃがいもの研ぎ汁。

[区長]
じゃがいもの研ぎ汁? 飲まれるのですか。

[呂太夫]
芽や皮をとってすりおろした研ぎ汁です。その汁を毎朝飲むと、喉から胃や腸まで、みんな調子が良いんですよ。味とかは何にもつけず、そのまんま。おいしいもんやないですよ。

[区長]
ご自身で考案されたのですか?

[呂太夫]
内弟子をしてた師匠(四代目竹本越路太夫(たけもとこしじだゆう ))のために作ってるうちに、自分も飲むようになったんです。僕もふだんは若い人に作ってもらいますが、出先で泊まるときなんかは、ホテルで自分で作ってますよ。

[区長]
なるほど。私も試してみようかしら。

[呂太夫]
ぜひ!おすすめですよ。

 

祖父の名跡を継ぐ

[区長]
呂太夫師匠にはじめて千住で語っていただくのは、ご自身の襲名披露公演のときになります。十一代目を継がれる「豊竹若太夫(とよたけわかたゆう) 」は、文楽で最も由緒ある名跡の一つだそうですね。

[呂太夫]
義太夫節を開いた竹本義太夫の高弟が「豊竹座」という劇場を創設する際に名乗ったもので、豊竹姓の始祖となります。約320年前のことですけど。

[区長]
先代(十代目)は呂太夫師匠のお祖父さまだとか。

[呂太夫]
57年ぶりの名跡の復活ですから、大変重みのある名前です。でも、僕は祖父から教えてもらったことはないんです。文楽では、世襲の習慣がないので。子どもや孫が名を継ぐことはあっても、それはあくまで本人の意思で関わった結果なんですよ。

[区長]
では、呂太夫師匠はもともと、太夫になるおつもりではなかったのですか?

[呂太夫]
まったくないどころか、むしろ避けてたくらい。小説家になりたかったんですよ。大阪の生まれですが、高校は東京の小石川高校で、まわりはみんな東大へ。僕も、大江健三郎や倉橋由美子をよく読んでました。

[区長]
それが、どうして文楽の道へ?

[呂太夫]
シュールリアリズムやアバンギャルドなものに入れ込んでいたころ、たまたま文楽をちゃんと観る機会があったんです。そしたら、太夫は形相変えて声を振り絞るわ、三味線は知らん顔してベンベン弾いてるわ、大勢が寄って集って人形を遣うてるわで、「何やこれは!しかも、それぞれ勝手にやってるようなのに、ちゃんとアンサンブルができてるとは、何とシュールでけったいな芸能や」と惹かれたわけです。けど、そのころに祖父は亡くなってしまったんです。

[区長]
すれ違ってしまわれたわけですか。惜しいことをなさいました。

[呂太夫]
僕は、竹本越路太夫(四代目)師匠の内弟子となって義太夫節を習い、太夫としての形を作ってもらいました。ただ、ときどき師匠から言われたのは「お前と自分とでは声帯が違うから、お前はお前で努力しなさい」と。師匠は、端正で理知的な芸風で知られる太夫でしたが、人にはそれぞれの骨格や声帯の構造があって、僕はむしろ、祖父である若太夫(十代目)のDNAを受け継いでるようです。

[区長]
お祖父さまは、どのような芸風の太夫だったのですか?

[呂太夫]
豪快で圧倒的な迫力のなかに、深い情があるんですが、とにかく最初から最後まで全力疾走。そのころ、オリンピックで活躍した陸上選手の走法にたとえられるような、ほかにはない語りなんですよ。ただ、やはり自分が若いころは、その語りがようわかりませんでした。「ああ、なるほど、そうやったんか」と感じられるようになったのは、ようやくこのごろです。

[区長]
すると、十一代目も「全力疾走」の芸風をめざされるのですか?

[呂太夫]
いや、あれだけはとても真似できません。けど、僕の声帯や骨格には、祖父の語りが合うてる面もありそうですから、これから少しずつ、新しい若太夫としての義太夫節を作っていきたいと思うてます。

[区長]
76歳にして、まだこれから進化されるわけですね。

[呂太夫]
若太夫の名に恥じないよう、もっと精進しないといけません。

 

足立区の雰囲気は大阪に似ているかも?!

足立区の雰囲気は大阪に似ているかも?!
※区長は呂太夫師匠の扇子を持たせていただき撮影

 

[区長]
昨年9月には、区内で開かれた文楽の入門講座で、呂太夫師匠にも、実際に区民の受講者と接していただきましたね。

[呂太夫]
あのときは、おもしろかったですよ。はじめはちょっとかしこまっていた人たちが、どんどん反応して盛り上がってくれて、「父(とと)さんの名は十郎兵衛~」(『傾城阿波の鳴門(けいせいあわのなると) 』巡礼歌の段(じゅんれいうたのだん)の一節)とみなさんに声を出してもらったら、すごい反応でした。

[区長]
そんなとき、区民の方は引っ込み思案になってしまうのではないかと心配していましたが、そうではなかったのですか。

[呂太夫]
とんでもない。地元の大阪は別として、東京だけやなく、札幌でも福岡でも、全国あちこちで演ってきましたけど、あんだけ良く乗ってくれるお客さんは、ほかの地域にはおりませんでした。足立区は特別ですよ!文化を楽しむ姿勢や感性が、文楽の生まれた大阪に似てるんと違いますか。

[区長]
ええっ!それは、最高の褒め言葉かもしれません。

[呂太夫]
とにかく、ありがたい話ですわ。「本公演もぜひ行きます!」と言うてくれたお客さんも大勢おられましたよ。みなさんの前で語らせてもらう、5月の公演が楽しみです。

[区長]
一人でも多くの区民に文楽の魅力へ触れてもらえるよう、区としても盛り上げていきます。

[呂太夫]
ぜひお願いいたします。

 

公演情報

4月14日(日曜日) チケット予約開始!

襲名披露狂言
「和田合戦女舞鶴」市若初陣の段

国立劇場5月文楽公演

  • 期間:令和6年5月9日(木曜日)~27日(月曜日) ※15日(水曜日)は休演日
  • 場所:シアター1010・11階劇場

詳細・お問い合わせ等


独立行政法人 日本芸術文化振興会

公演情報

プロフィール


豊竹呂太夫

豊竹呂太夫(とよたけろだゆう)

1947年、大阪府生まれ。20歳(1967年)のときに三代目竹本春子太夫に入門。その後、四代目竹本越路太夫門下となり、2017年に祖父・十代目豊竹若太夫の前名である豊竹呂太夫を六代目として襲名。2022年4月に切語りに昇格。後進の指導に尽力するとともに、新作への出演など、活動の幅を広げている。2024年4月には、由緒ある名跡「十一代目豊竹若太夫」を襲名。5月にシアター1010で襲名披露公演を行う
★…重要な場を語る太夫に与えられる最高の格

 

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