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公開日:2023年1月1日 更新日:2023年1月12日
区立第九中学校出身の格闘家、牛久絢太郎選手と武居由樹選手。今年、さらなる飛躍を誓うお二人の、熱いメッセージをお届けします。
[武居]
母親に無理やり入門させられた形なので、最初は格闘技に興味はありませんでした。嫌々やっていましたし、怖いというイメージもありました。でも、始めてみると古川会長が楽しく練習させてくれたので、自然と好きになりましたね。
[牛久]
僕もきっかけは母親の勧めで、兄も先にやっていたのでその影響もありました。最初は格闘技というよりも柔道に興味があったんですが、小学校高学年のときに父親がテレビで格闘技を見ていて、それで僕も興味を持ち始めたんです。柔道は10年以上ずっと続けて、高校生のときに本格的に総合格闘技に転向しました。
[武居]
そのころから部活に力を入れているスポーツが盛んな学校でした。体育の授業も楽しくて、自分の中ではちゃんと授業を受けていた方なんじゃないかと思っています。
[牛久]
学校の決まりを守ることについては、ほかの中学校と比べて厳しかったと思います。その厳しさが社会に出た今も役立っている気がします。
[武居]
あー!覚えてます。僕が通っていたときの校長先生はそのお二人でした。
[牛久]
市原先生はバスケ部の先生ですよね。お名前を聞くと懐かしいです。
[武居]
会ったことはありませんでしたが、同級生から3年生に柔道が強い、むちゃくちゃ怖い先輩がいるという話を聞いていました。
[牛久]
いや、僕は普通の中学生でしたよ(苦笑)。
[武居]
中学生のころは、そういった強いとか、弱いとかいう噂話が広まるじゃないですか。それで、よく知っていました。
[牛久]
僕も2つ下に格闘技が強い子がいるというのは知っていました。直接会ったことはなかったんですが、僕の先輩たちも知っているくらい有名でしたね。
[武居]
そのころは『絶対になる』というよりも『プロになりたい』くらいです。小学校の卒業文集に世界チャンピオンになりたいと書いていたので夢は持っていたんですけど、本当に真剣に取り組み始めたのは高校生くらいからですね。高校でボクシング部に入ってボクシングを3年間続けて、卒業する前にキックボクシングでプロデビューをさせてもらいました。
[牛久]
僕は高校2年から総合格闘技を始めたんですけど、そのころは警察官になりたいという目標があったので、そこまで格闘家になるつもりでのトレーニングはやっていませんでした。スイッチが入ったのは高校を卒業してからですね。
[武居]
5年くらい前ですかね?古川会長から名前を聞いて『えっ、九中出身の牛久さんですよね?』とすぐに気づきましたね。
[牛久]
僕が所属するジム(K-Clann)の会長が、もともと古川会長に教わっていたんです。そのつながりから、古川会長に『明日朝練があるから』と誘っていただいたんです。そこから朝練のときは一緒に練習させていただいています。最初の練習のときから会長についていったら間違いないと直感しました。実際にたくさんのことを学ぶことができて、ベルトも獲ることができました。
[武居]
一緒に練習していて、すごく真面目だと思います。僕って結構ふざけながら練習をやりがちなんですけど、牛久さんのストイックに取り組む姿勢は本当に見習いたいです。
[牛久]
チームを引っ張っていく力をすごく感じます。武居さんがいると、それだけで空気が締まるんですよね。その場にいるのといないのとでは全然違います。あと人間的には細かいところまで気がつくというか、周囲への気配りがすごいです。
[牛久]
足立区の人は情に厚いですよね。下町の良さがあって大好きなまちです。今でも足立区のみんなが僕のことを応援してくれますし、本当に地域の人々に感謝しています。
[武居]
トレーニングで走っているときに声をかけていただくこともありますし、地域の方がすごく応援してくれているというのを感じます。その応援が、自分にとって力になっています。
[牛久]
九中の近くにある公園にはよく行っていました。サッカーをやったり、みんなで話をしたり、そこからゲームセンターに行ったりしましたね。
[武居]
練習メニューは変わっていますけど、同じ場所で10年以上続けています。苦しい思い出が多い場所なんですけど、栗六公園で育ったという意味では感謝というか好きな場所ですね。
[武居]
キックボクシングでプロデビューしてから、なかなか勝てない時期があり、向いていないのかな、と思うこともありました。でも、ずっと格闘技しかやってきませんでしたし、皆が応援してくれているのは実感していたので、もっとちゃんとやらなきゃと思って乗り越えてきました。
[牛久]
挫折はこれまでも結構ありました。でも逃げたら何もなくなってしまいますし、逃げて新しいことを始めてもまた逃げると思ったので、僕は一つのことをやり切るということを常に意識しています。
[牛久]
辛いことはみんなあると思うんですけど、諦めなければ絶対にいいこともあります。何か頑張っていることがあるのなら、未来にある良いことを信じて続けてほしいです。続けるということは本当に大事なことなので、特に子どもたちには継続の大切さを伝えていきたいです。
[武居]
夢や目標を持って、それに向かって楽しみながら一生懸命やってほしいです。上手くいく、いかないというのは関係なく、楽しみながらやってもらえたらと思います。僕の場合はそれが格闘技でした。格闘技の練習はすごく厳しいんですけど、辛いということを顔に出さずに楽しみながらやるっていうということを意識しています。
[牛久]
僕も楽しむというのは、夢を叶えるためにすごく大事だと思います。楽しむのと楽しまないのとでは、結果もまったく違ってくると思うので。格闘技の練習は楽しいとは正反対の部分が多いんですけど、その中でも楽しめるモチベーションは絶対にあります。辛いときでもマイナスに考えすぎず、できるだけプラスに捉えてほしいと思います。
[武居]
(ボクシング転向前の)K-1では世界チャンピオンになることができたので、今度はボクシングでも世界チャンピオンになることが目標です。KO勝利をどんどん積み重ねて、足立区を盛り上げていきたいです。
[牛久]
海外の強い選手がどんどん来日しているので、そういう選手たちを倒していきたいと思います。総合格闘技だと外国人選手とはフィジカルの差が大きいので、そこをしっかりと考えながら成長していきたいですね。そして僕も足立区民として、足立区を盛り上げていきたいと思います。
取材協力:大橋ボクシングジム、K-Clann、POWER OF DREAM
お年玉プレゼント!(終了しました) |
お二人よりサイン色紙や、サイン入りグッズ(「武居選手サイン入りグローブ」「牛久選手が試合の入場時に着用したTシャツ(サイン入り)」)をプレゼント!※申し込み期限:令和5年1月11日(水曜日)必着 |
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牛久 絢太郎(うしくじゅん たろう)27歳 平成7年生まれ。小学1年生のときに兄の影響で柔道を始め、16歳で総合格闘技のジムに入会する。平成25年にプロ昇格トーナメントで優勝。同年のプロデビュー戦で勝利を飾る。令和2年に自身2度目のタイトルマッチに臨み、DEEPフェザー級王座の獲得に成功。K-Clann 所属。 |
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武居 由樹(たけい よしき) 26歳 平成8年生まれ。10歳のときにキックボクシングジム「POWER OF DREAM」に入会。高校在学中にキックボクシングでプロデビューをはたし、平成29年にK-1 で世界王座を奪取。令和2年にボクシング転向を表明し、令和4年、OPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王座を獲得した。大橋ボクシングジム所属。 |
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