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公開日:2026年3月26日 更新日:2026年4月3日

美術雑誌『國華』は、明治22年に当時を代表する美術指導者の岡倉天心らが創刊した、世界で最も古い美術月刊誌の一つ。イギリスの大英博物館やアメリカのメトロポリタン美術館など、海外の名だたる博物館・美術館でも購読されている権威のある雑誌です。
その『國華』第1531号(2023年5月17日発売)の特集として、「千住・足立の文化遺産」と題し、千住の琳派を中心とする、足立区の名家に受け継がれてきた美術品が掲載されています。

「東京の北東に位置する足立区から琳派の屏風絵や掛物が発見されたのは、今から10年余り前のことである。(中略)寄せられた情報から村越向栄筆『十二カ月花卉図屏風』が、やがて正体を顕わにしていく氷山の一角のように突如、出現したのである。」……そんなドラマチックな出だしからはじまる冒頭文章に続き、千住地域で「延長された江戸琳派」とでも呼ぶべき文化遺産が近年発見されてきたことなどが、たくさんの図版とともに詳細に紹介されています。
かつて、宿場町として賑わい栄えた「千住」を中心に、江戸琳派の系譜に連なる文化人たちが数多く暮らし、足立区立郷土博物館の文化遺産調査により、その存在と価値が専門家の間でも認識されたことが、『國華』を通じて改めて広く知られることとなりました。
市区町村の美術が『国華』で取り上げられるのは、創刊以来初めてのことだそうです。
千住で数々の美術品が生み出されるようになった経緯は、江戸時代にまで遡ります。
2025年に「千住宿開宿400年」を迎えた千住は、江戸時代には品川宿・内藤新宿・板橋宿とともに江戸四宿の一つに数えられ、約1万人が暮らす江戸最大の宿場町でした。四宿を比べてみると、旅篭の数が一番多いのは品川宿ですが、宿場の長さが一番長く、家の数や人口が最も多かったのは千住宿でした。街道沿いのやっちゃば(青物市場)など、経済機能の充実していた千住の繁栄が見てとれます。

足立区立郷土博物館に展示されている千住宿の模型
千住宿が栄えたワケは、地の利によるところが大きいと考えられます。
千住に面していた当時の荒川(現隅田川)は、潮の満ち引きにより、上流・下流双方への移動が可能だったことから、古くから舟運を通じて物資や人の往来が盛んでした。文禄3(1594)年、隅田川初となる千住大橋がかけられ、五街道である日光道中・奥州道中が整備されたことで、陸運・水運の結節点となり、流通の拠点としての顔を持つようになっていったのです。
恵まれた地の利を活かし、周辺で生産された野菜や川魚などがやっちゃばから江戸に供給され、「江戸の三大青物市場」と呼ばれるほど栄えた一方で、江戸の中心部より自由度が高かった千住宿では、商売で財を成した裕福な商人たちが独自の文化を形成していきました。
まちの豊かさを背景に、商家の旦那衆は書画や俳諧をたしなみました。特に、江戸文化が華開いた江戸時代後期、酒井抱一や谷文晁ら江戸の作家たちと、建部巣兆や舩津文渕といった足立の作者たちが出会い、交流が始まりました。そして江戸と足立の人々が共に愉しむ文化が生まれます。
作者たちの豊かな交流を支えたのが、千住の商家の旦那衆や大農家の経済力。床の間を飾る掛け軸から、屏風などの調度品、寺社への奉納品など、暮らしの中に絵や書を取り入れていきました。文人たちの中には、千住に居を構える人も現れるようになります。

千住に居を構えた琳派絵師・村越向栄が描いた「四季草花図屏風(しきそうかずびょうぶ)」。千住仲町で米穀問屋「川善」を営んでいた渋谷家に伝来
やがて、商家の旦那衆や大農家からも作者が登場。さまざまな人々の響きあいが生んだ暮らしは連綿と続いていました。普段の暮らしの中で使われていたこのような美術品が、近年、千住の旧家から数多く発見されたことで、専門家から千住は「美と知性の宝庫」と称されるようになりました。
これら地域に伝えられてきた美術品は主に、2010年にスタートした「足立区文化遺産調査」で発見されてきました。足立区立郷土博物館では、足立区の仏教遺産、生活資料、歴史画像資料の三分野を対象とした文化遺産調査を行い、その成果を公開するため企画した「千住の琳派展」「大千住展」などの展示により、美術資料についての情報が、それまでよりも多く博物館へ寄せられるようになりました。
美術資料は、売買されてしまい、作者と持ち主との間に直接の関係がないことが多いのですが、区内には地域の生活に密着した美術品が多く残されています。千住の商家の蔵の中に保存された美術品は、震災や戦災により周辺の建物が焼き尽くされても「火が収まってから7~10日間、熱が冷めるまで扉を開けない」といった決まりごとが守られてきたことで火を逃れ、数百年の時を経て受け継がれてきました。後世につなぐため近年、郷土博物館に寄贈されたものもたくさんあります。世代を超え大切に保管されてきたこれら美術品を通じて今、豊かだった江戸明治期の千住の暮らしを垣間見ることができるという奇跡のような現実は、千住を愛した祖先からの贈り物でしょうか。
これらを適切に保管・展示するため、足立区立郷土博物館は2025年、従来の郷土史・民俗資料を中心に展示する「郷土資料館」から「美術博物館」へとリニューアルし、随時、特別展も開催しています。
旧日光街道周辺には今も、江戸時代の面影が残る路地や商家の建物、蔵などが点在し、江戸・明治・大正・昭和・平成・令和・・・それぞれの時代の足跡を感じることができます。
江戸から明治にかけて、千住の暮らしの中に美術があった。そんな風景を再現するため、千住宿開宿400年を迎えた2025年秋には、これら旧家のほか、北千住駅前の大型商業施設、日本料理店や区施設など9つの場所で「千住まちなか美術館」を開催。多くの方が足を運びました。


千住まちなか美術館の企画で、「八橋図屏風」(村越向栄)(写真上)、大杯(酒井抱一下絵、原羊遊斎蒔絵)(写真下)などが展示された「味問屋明日香本店」(いずれもレプリカ)


同企画で「四季草花人物図屏風」(村越向栄)が展示された「仲町の家」(レプリカ)


江戸時代の商家「横山家」では、同家に伝わる「群鶴図屏風」(狩野素川嘉信)などが飾られた
2026年度は、足立区立郷土博物館開館40周年。発見されてきた足立の宝を展示する特別展も企画されています。ぜひ足を運んでみてください。
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