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公開日:2026年3月25日 更新日:2026年3月25日

有限会社装雅堂3代目
勝村真光さん

日本の絵画や書などの作品を、掛け軸や屏風に仕立てる表具師になって、今年でちょうど30年になります。祖父の兄が大正5年に文京区の本郷で「勝村表具店」として創業しましたが、若くして他界したため祖父が継承し、昭和初期に「装雅堂」という屋号に改名しました。戦争で店が焼失し、戦後、お客さんの紹介で千住に店を移すことになったようです。16歳から表具一筋の2代目の父に師事して、自分が3代目です。


掛け軸の修復作業をする前に薄めたニカワ水をエアブラシで吹きかけ絵具の剝落を防ぐ(石川蕉玉の作品 実践女子大学香雪記念資料館)
日本の伝統的な表装である掛け軸や屏風がある家って、近年の住宅事情ではかなり少なくなっていますよね。そのため新たに表具する仕事は減りましたが、昔のものを修復する仕事が多くなっています。仕事の6割は、美術館・博物館などが所蔵する作品の修復。きっかけは「早稲田大学會津八一記念博物館」からの依頼で、山口八九子作品群の修復・表具でした。
古い作品は経年変化でシミや虫食い、巻物は作品に折れや糊のはがれがあります。経年劣化で絵具が落ちそうなものはニカワで接着するなど、できる限りきれいな状態にして、裂地(きれじ)や紙で表装するまでが仕事になります。平安時代の経巻や横山大観の作品も修復したことがありますし、大きいものだと8mを超える壁画を巻いて保存できるよう修復したこともありました。一方で、現代書家・現代アート作家の作品を仕立てることもあります。

千葉市美術館の依頼で田岡春径の壁画修復作業に取り組む
住宅事情の変化に伴い昭和40年頃から多くの表具店が、内装で壁紙を貼る仕事に転向していきました。伝統的な表具の需要が少なくなり、表具師が激減し、掛け軸の「軸先」といった表装に必要な材料を作る職人も後継者不足で減り続けています。うちは古美術商などの修復の仕事が増え、父が古い書画を収集する趣味があったこともあり、美術作品の表装や修復をする道を選びました。
先述の「軸先」や「金物」についても、職人がいなければ、代わりに自分で作るしかない。僕は専門学校で彫金を学んでいたので、試行錯誤しながらでもある程度は作れたことは良かったと思います。

でも、最近は材料そのものを調達することも難しくなってきました。金箔を使いたくても、金の高騰で昔の10倍に届きそうな勢い…。古い屏風から金箔を移植することもありますが、近年は古美術商でも古い屏風の扱いが減り、頭を悩ませています。表具の要となる古布も入手しにくくなりました。僕は古布やインドの更紗が好きで集めているのですが、古布は新しい布にはない風合いがあり、古い作品に馴染みますし手触りがこなれているので、扱いやすいという利点もあります。

好きで集めている古布の一部。17~8世紀のインド更紗やペルシャの木綿など希少な生地がたくさんあり、絵を見て合うと思ったとき表装に用いる

さまざまな作品を修復するうちに、ほかの美術館や博物館からも声をかけてもらうようになって、足立区立郷土博物館が収蔵する作品の修復にもたずさわりました。
足立区立郷土博物館は、明治の元勲・松方正義の子である松方三郎コレクションを核として、約1200点の貴重な浮世絵を所蔵する知る人ぞ知る博物館です。父や私が修復した建部巣兆(たけべそうちょう)の書画も所蔵しています。巣兆は江戸時代に千住に暮らし、俳人、絵師として活躍し、小林一茶や酒井抱一など江戸時代を代表する文化人とも交流があった人。彼がいたから千住に文化人が集まったと伝えられています。千住は江戸時代に宿場町として栄え、商家が持つ屏風や掛け軸なども、傷んだらまちの表具師が仕立て直し、文化が守られてきたのでしょう。でも、代替わりをして忘れ去られたり、売ってしまったり、千住の名品が話題にのぼることは少なくなっていました。
昭和63年頃、私の父がこの建部巣兆の書画を趣味で収集するようになったんです。屏風などは100年以上の時が経つと修復は大がかりになってきます。修理費に二の足を踏んでそのまま保管すれば、状態がさらに悪化して修復が難しくなります。表具師である父は自分で修復して、研究者を呼んで勉強会を開いたところ「知られていなかった価値ある美術品だ」と注目を集め、千住で建部巣兆の作品の展示会を何度か開きました。すると、千住の旧家の皆様から「うちにもある!」と連絡があって。また、古い家が解体される場に立ち会うと、巣兆の作品が出てくることもあったそうです。巣兆は数百年の時代を経て今、千住だけでなく、美術界からも注目を集めています。知られざる文化を掘り起こせたことに喜びを感じています。

初代が昭和初期に表装した建部巣兆の掛け軸「煎茶図」を説明する父で2代目の勝村英世さん


足立区立郷土博物館依頼の村越向栄「四季草花図屏風」の修復過程。上が修復前、下が修復作業後
表具師の仕事は、破損のリスクや責任が大きいわりに、対価は厳しいですね。加えて、10年20年後に入手できる材料が減っていくことを考えると、生業として表具師が残って行くのは相当な試練になってくると思います。そんな中でも、できるだけ多くの作品を丁寧に修復し、何をどう修復したのかをきちんと記録した仕様書を作り、後世に繋ぐことが自分の使命だと感じ、熱意や誇りを持って仕事に向き合っています。最近は表具について美術館などで講演することもあって、多くの人に日本の文化を知ってもらうきっかけになったり、伝統の継承が危ぶまれている現状打破の糸口になったらいいなと思っています。

東京都美術館の企画「都美セレクション グループ展 2025」のトークイベントに登壇
僕が生まれ育った千住は、治安が悪いなんて言われた時代もあったけれど、今はキャンパス街として若者が増え、行政も治安対策をしっかりやってまちはきれいになりました。歴史というバックボーンもあり、まちのパワーを感じています。千住が注目されると同時に、かつて千住で暮らした建部巣兆などの文化人の存在がもっと認知されたらうれしいですね。

忙しい毎日だが、高校生の息子さんと荒川で釣りをするのが息抜き
千住で好きな場所は断然、荒川の土手! 小さい頃はカニや虫を捕まえたり、探検をしたり、野球やサッカーをしたり、遊び場であって勉強の場でもありました。高校生の息子が幼い頃は、土手で自転車の練習をした思い出もあります。釣りが趣味なんですが、荒川にはうなぎや、海の生き物のエイもいるし、この間はクロダイが釣れたんですよ。

勝村真光(かつむらまさみつ)
足立区出身。文化財となっている掛け軸や屏風などの修復をする表具店「装雅堂(そうがどう)」3代目。店は大正5年に文京区本郷で創業。彫金を学んだ後、父に師事して1997年に表具の道へ進み、美術作品などの修復を手がけている。父は、江戸時代の千住を代表する俳人・文人の建部巣兆の作品を収集していたことで注目を集めている。趣味は釣り。
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