昭和24年5月6日
足立区政ニユース
第12号
(三)

出張所素描　第四出張所
〝明るい区政は窓口から〟
江戸時代参勤交代の大名達や旅人が奥州水戸方面えの往き復りの仕度に宿泊したのが宿場千住であつた
二丁目赤門勝専寺は当時大名達の本陣として使れていた
現在旧道と称しているのが往時の日光道中、奥州道中でこれから分れて水戸街道があり常州水戸の城主水戸光圀が参勤交代の道中に鎗を松に立てかけて休息されたという伝説で有名な鎗かけの松は宿外れの清亮寺の境内にあるがこれは曲り松というのが本当らしい
当時日本一と称せられた有名な骨つぎ名倉(現在整形外科としても有名)も鎗かけの松と共に昔からの千住名物の一つである
このような江戸時代の名残を多分にとゞめた所が第四出張所の管内である
従つてこの管内は殆んど商店が大多数で足立区の繁華街をなして居りこれも江戸時代より河合の花白酒で有名な日本酒類株式会社の外大工場はなく、区役所、千住警察署、千住消防署、北干住駅等の官公署が集り大足立区の行政の中心地でもある
このような環境のなかに出張所の事務所は三丁目氷川神社境内にあり鈴木孫七郞所長以下八名の職員が日々に笑顔で区民に接しその親切を見込れ伜の嫁にと懇望されたという朗報も亦同僚の住宅難に進んで自宅の一室を提供されたという職員もいる
所長以下全職員が「明るい区政は窓口から」をモツトーとして日常の執務に従事しているという事はよく所長の人格を反影している

五月一日現在
区の現勢
世帯と人口
世帯　五九、七五〇　前月より二〇五世帯増
　人口　二五二、〇四一
　　男　一二七、六一六
　　女　一二四、四二五
　前月より二、〇一六人増

児童福祉週間v
　自五月五日・至五月十一日
本区の多彩な行事
1、ポスターによる宣伝
2、児童相談所開設
　週間中、区役所・各民生館所
3、野外保育園開設(紙芝居上演)
　六日九時　正午、千住大川公園
　七日同　　西新井大師広場
4、幻灯会
　六日夕刻　柳原小学校
　七日同　　千寿同
　八日同　　千寿第五同
　十日同　　梅島同
　十一日　　関原同
5、児童福祉関係者協議会
　九日午後一時　区会議事堂
　児童の愛護と善導の実践組織体結成を主眼とする各種児童関係者代表の協議会
6、童話会
　九日午後一時　千住保育園
　同　　　　　　本木保育園
7、保育園「母の会」
　八日午後一時　千住保育園
　十日　〃　　　本木保育園
8、里親会議
　十一日午後一時区会議事堂区内の里親希望者及び現に里子を預つている里親による座談会
9、この外都内にもいろいろのもよおしがあります

東淵江民生事務所開設
大谷田一帯の地域は従来五兵衛民生事務所管轄区域に含まれていたが、同方面から五兵衛事務所に行くには省電を利用しなければならぬので、要保護者も民生委員も常に多くの不便を感じてきたのである、一方又一昨年来大谷田に都営の引揚者寮が多数設置されるに及んで、三十人以上の引揚者が居住する結果となつたので、同方面に民生事務所を設置する必要性は痛感されていたのであるが、今回都庁関係の諒解もつき、又設置箇所についても地元との話合もまとまり、左の通り四月二十日から開設し業務を取扱うこととなった
　所管区域　長門、大谷田、佐野、蒲原、上谷中、北三谷
　民生委員　定員十一名
　職員　所長主事横堀英位、所員主事高野山太郞、主事補鈴木和枝
　なお同地区内の要保護者は三月末現在で一四四世帯、人員にして四一三名である

憲法施行記念第三回都民
　体育大会出場区代表決定
憲法施行記念第三回都民体育大会は五月一日から始つたが本大会に区代表として参加する選抜予選大会は去る四月二十日から三十日まで行われ各競技共日頃の鍛練の精萃を発揮して晴れの栄誉を担うつぎの区代表を決定し盛会裡に終了した
一、軟式野球　新生クラブ
二、卓球　男子藤野宗彦
　　　　　　　濱田茂穗
　　　　　　　長島和男
　　　　　　　古谷淸
　　　　　女子佐伯弘子
　　　　　　　大武文代
　　　　　　　富澤智惠子
　　　　　　　稻田京子
　　　　　O・B塚田孝
　　　　　　　高澤松雄
三、排球　男子足立専売局
　　　　　女子　〃　〃
四、〃中等女子第六中チーム
五、庭球　　　中三川　川上
　　　　　　　石割　　山中
　　　　　　　尾間　　岩間
　　　　　　　鵜浦　　秤田
　　　　　　　松崎　　浦岡
六、陸上競技　日立製作所
　　　　　　　　　亀有工場
七、駅伝競走　同
　　　　　　　　　同