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公開日:2018年6月7日 更新日:2020年8月4日
両腕と膝を使いながら自由に折り曲げながら形成していく籐工芸。見事な曲線美は、竹本義道さんの手によって生み出されました。
昔は足立にもずいぶん籐細工の職人さんがいたんだけれどね。このあたりで7軒あったかな。大人物、子ども物、それぞれ専門にしてたね。作るものによって、子ども物というのは揺りかご、乳母車、ぶらんこ、子ども椅子なんか。大人物は揺り椅子やテーブル、枕、そのほかね。私は両方やってました。親父にも習ったし、外で修業もしたからね。子ども物といっても、手数は大人物と変わらない。かえって小さくて手が入りにくいから組みにくいんだよね。
籐にもいろいろ種類があって、太くて堅いマナウやトヒチといったのは強いから骨組みなんかになる。ロンティーやセガというのは細くてしなやかだから細かい編み目や細工に使う。その種類の特性を生かして使い分けます。
子ども物の椅子。滑らかな曲線
軽くて丈夫な籐製品は長く使える
割いた籐の間に花を差し込む。
壁掛けの一輪挿しに
籐工芸の曲線は、木を彫刻して生まれる曲線とは違う、木にはないもの。手や機械で削って出てくるんじゃなく、籐自体が曲がってできる形だから。火であぶって、人の手で、ひざで曲げる。だからこの曲線は人のからだから生まれて出てくるものなんだよね。
籐はとても強くてしなやか。自在に曲がるけれど、同じ種類の籐でさえそれぞれ性格が違うから、いつも手にした材料と相談しながらやっていきます。あぶれば曲がるからといってあぶり過ぎちゃだめ。そこに焦げの色がついて、それを削っていくからどうしても弱くなってしまう。でも反対に、あぶり足りずに無理すると割れてくる。籐が「曲げてもいいよ」と言うときを逃しちゃだめなんですよ。
(文:鷹羽五月撮影:蓑輪政之)
東南アジアに成長するヤシ科の植物・籐のしなやかで軽く、硬く丈夫という特性を生かし、江戸時代後期から編笠、枕、草履の表などに使用され一般庶民に普及しました。現在では生活用品だけでなく、ソファやたんすなどの大型の家具類にまで幅広く使われています。
竹本義道さん
1947年足立区生まれ。籐工芸は「少なくとも三代目」。大阪で祖父から籐工芸の職を継いでいた父が東京・青山に移り、その後足立へ。「もともと京大阪の方が人気があったんだろうけど、もう関西には籐の職人がいなくなったらしいね」。昔、千葉・銚子で作られた籐の雪駄を大切にとってある。「もう一足あれば履きつぶしてみたいんだけど、もうこれっきり作られてないから、とっとかないと世の中から消えちゃうでしょ」
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