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更新日:2012年7月21日

~足立大好きインタビュー~ 直木賞作家 朱川湊人さん

直木賞作家 朱川湊人さん
「下町の良さと新しいまちの良さをあわせ持つ足立」

ノスタルジック・ホラーと呼ばれるジャンルを中心に、不思議で神秘的な世界の中に、心温まる人間の物語を展開させてきた朱川湊人さん。足立区で育ち足立区で作品を生み出す朱川さんに区の魅力を聞いた。

どんなときも荒川とともにあった

朱川湊人さん

朱川の名前は、「朝焼けの荒川」って意味なんです。大学時代、遠く日吉まで通っていたのですが、試験のときは徹夜して、朝5時半とか6時とか早い電車に乗って先に学校へ行っちゃうんです。足立区を横切ってる荒川を電車で渡るんですが、ちょうどそのとき朝日が昇ってきて、荒川の川面がオレンジ色にキラキラキラキラ光り始めた。それは息を呑むようで。思わず「おお」と声をあげてしまいました。同じ電車に乗っていたほかの方も、声をあげていました。本当に神々しいんですよ。そのままどこか別の世界につながってるんじゃないかって気がするくらいでした。実は試験を適当にやりすごそうと思っていたのですが(笑)、荒川に申し訳が立たないという気がして、気持ちを改めたという経緯があります。

荒川は、季節や天気によって、また、見るたびに色が変って、見飽きないですね。子どもの頃から、そして今も、荒川が大好きです。今は忙しくて、なかなか行けないのですが、昔はしょっちゅう、行ってました。名前の「湊」は川っぷちを意味しています。ですから、「朱川湊人」は朝焼けの荒川のふちに立つ人、というような意味です。

小学3年生のとき足立区に引っ越してきたのですが、そのときもまず荒川の大きさに驚きました。緑や野球場が広がる風景は子どもにとってはまさに夢の国。以来、荒川は常に僕のそばにありました。小説家を目指してきて、心がくじけそうになったときも、逆に明るい展望が見えたときも、自転車をこいで行き、長い間、土手に腰を下ろして眺めていました。荒川は足立区民にとって、一番身近な自然であり、気持ちが大きくなりますね。

『わくらば』シリーズ誕生秘話

「わくらば日記」朱川湊人(角川書店・2005/12)「わくらば日記」朱川湊人(角川書店・2005/12)

『わくらば日記』『わくらば追補抄』は、この荒川のほとりを舞台としました。昭和39年まで荒川べりにあった「お化け煙突」はかなり前から使ってみたいと思っていた題材で、お化け煙突ありきでこの物語は始まっています。「お化け煙突」なんて、まず名前がいいですよね(笑)。そして、あの時代を、昭和って時代をしょって立ってた存在ですからね。象徴的だし、見る場所によって本数が変わるっていうのもロマンチックだし、カッコいいな~と。僕は直には見たことはないのですが、自転車で行ける距離にあり、想像しやすい存在、そして憧れの存在でした。

裏話ですが、どの出版社も、最初から「連載やりましょう」とは言って来ないんですよ。まず、「何か1本短いの、ください」って言うんですよ。そうすると、こっちも色気があるので、続きを引っ張れるような話を書くんですけど、『わくらば日記』の1本目はお化け煙突を使いたかったんです。すると、ヒロインたちが、実際にお化け煙突を見た年齢でないといけないからということで、逆算していって時代設定も決めたという経緯があります。結果、連載となり、昭和の時代の物語となりました。

僕は昔の映画が好きで、映画の中の風景と現在の風景を比べてみたりします。『わくらば日記』を書いたときには、足立区の中央図書館で歴史を記録したDVDを借りて観たり、映画では『煙突の見える場所』も参考にしました。映画では、土手の上をバスが走ってるんですよ。結構な人数を載せてね。驚きました。

実地検分もします。お化け煙突がなくなった後の場所は知っているので、あそこにあったんだなとモンタージュする。実際に見たことはなくても、なんとなく想像はできます。そうやって小説の舞台を組み立てます。

下町の良さと新開地の良さ

短編集ですので、お化け煙突の近くと言っても、毎話、風景は変えたい。僕は、具体的な土地を書くときは、まったくの想像で書くのは怖いんです。その点、足立区にはさまざまな風景があるので、小説の舞台としては魅力的なんです。下町があり、新興住宅地があり、広々とした土地もあれば寺や祠、工場や団地、川や橋……。住む者にとっても、下町の良さと新しい土地の良さ、その両方を兼ね備えていて暮らしやすいのが足立区だと思います。僕が来たころの足立区の地図を見ると、僕が住んでいた東部地域は大半が「荒地」と書かれており、その後どんどん発展して行った。

僕は引っ越してきた人間ですが、その頃、公団や都住が毎日のように造られていて、一学期ごとに転校生が4-5人、ぞろぞろっと転入してくるんです。1年のとき、16人クラスだったのに、6年の卒業時には45人オーバーしていましたからね。面白かったですよ。それだけ勢いがあったんです。僕らの頃は、公園じゃなきゃ遊ばないってことはなかったので、どこでも遊びました。絶えずどこかに空き地や建造中の土地があって、そういう場所は子どもにとっては最高にワクワクする遊び場でしたからね。時効だから言いますが、出来立ての都住に入り込んで遊んだり(笑)、かなり広いドブがあってその上にはコンクリートの支えが何本か渡してあるだけだったのですが、そこを競って渡ったり。渡れるかどうかが、男の資格を問われる試験みたいなものだったんです(笑)。落ちてもせいぜい、膝までずぶっと沈むくらいなんですけど、スリルがあって。のどが渇いたら、外に置いてある水を飲んだものですが、すごいコンクリート臭い(笑)。あの頃の子どもはみんな、そんなことでお腹こわすようなヤワじゃなかったですよ。

後から発展して行った後発のまちの魅力は、そういうまちの勢い、それから計画的に造られたインフラ、たとえば公園や図書館が充実していることですよね。(cf.足立区は区立公園面積23区NO.1、図書館数23区NO.1)僕が5年生くらいのときに花畑図書館ができました。学区内ではなかったのですが、当時、子どもたちは本に飢えていた。だから良く行きました。夏はクーラー完備でしたし(笑)。夏休みなんか、朝から1日いられましたしね。本にはまった頃は、週に2回は通っていました。もし、花畑図書館がなかったら、僕の人生もちょっと変っていたかもしれません。

僕が子育てをしたのも、すぐ近くの花畑団地だったので、花畑図書館にもよく連れて行きました。公園もたくさんあって、娘や息子が小さい頃は、遊ぶところに不自由したことがありません。計画的に造られたものが整っているのは、あとから発展したまちの強みですよね。G出版社の編集者が竹ノ塚に来たときに、「何か、ドラマに出てくるような整理された土地、って感じがしますね」なんて言っていましたが、住んでいたらわからないけど、確かにそうかも、と思いました。

かといって古いものが全部壊されているわけでなく、あちこちに歴史がある。古いものもちゃんと生きているところがまた魅力なんです。自分の住んでいる町に実は深い歴史があったと知ればさらに愛着が湧くでしょう?

たとえば、足立区花畑の大鷲神社。いろいろな説はありますけれども、「酉の市」発祥の地は足立の大鷲神社の農具市だといわれていますよね。近年は浅草のお酉さまが本家のように思われていますが、実は足立にこそ、深い歴史があると知れば、さらに愛着を感じます。

朱川小説の中の足立

僕の『わくらば追慕抄』に、花畑団地がつくられるときの話をちょっと書かせてもらったんです。かつて、その地には誰かが住んでいた。家族が営みをしてきた、その営みの上に住む。花畑団地に住むってことはそういうことなんです。そういう歴史を知っていれば、まちにさらに、愛着が湧くのではないでしょうか。僕は、どこへ行っても、その土地の古いものを探して回ります。歴史を知ってるのと知らないとじゃ、生きていく上で、全然違うんですよ。

僕の小説は、足立の風景あってこそです。僕が育ってきた昭和40年代の原風景、たとえばどこもかしこも造成中で、土がむき出しの道路があったり空き地があったり、あるいは、旧道に染物工場が何軒もあって、やぐらに染物がはためいていたんですよ。ちょっと古い映画を観ると同様の風景が見られ、そこから当時の足立区を想像できます。タイムマシンはないので(笑)、実際に見に行くわけには行かないけれど、自分の記憶と映像から想像できるので、非常に書きやすい。

「オルゴォル」朱川湊人(講談社・2010/10)「オルゴォル」朱川湊人(講談社・2010/10)

また、最新作『オルゴォル』は新聞小説だったので、主人公を小学校4年生の子どもと決めた時点で、僕の一番良く知っている息子の学校の風景とか団地の風景、息子の友だちなどをモデルにさせてもらいました。家に遊びに来て話も聞いていたので、今の子どもの感じもわかっていましたので。

『さよならの空』の主人公の少年はやはり、足立区に住んでいて、『オルゴォル』同様、竹ノ塚から電車に乗ります。『明日咲くつぼみ』って短編集の中の「空の人」も。足立清掃工場の隣にある中学校に通っている男の子と女の子の話。実は〆切が迫って困っちゃったんですね。困ったときはいつも地元頼み(笑)。短編を書くことが多いので、困ったときには、地元の話を書いていますね。

家族のようなまちの魅力

僕は兄が二人いるのですが、兄二人も、家を出ても近所に住んでいるんですね。自転車で、あるいは歩いて気軽にどこでも行けるまちというのは、緊張しないし、それこそ、座り慣れた椅子のような心地良さがあるんですね。

僕は歩きながら物語を考えるタイプなんですが、そういう意味でも歩きやすい。足立区は歩くにも適したまちだと思います。風光明媚なものが多いという意味ではないですが、道幅が歩きやすく、歩いて飽きない、面白いまち。女房も足立育ちなんですが、女房もよく言いますが、温かく、ゆる~い空気感が、いいですね。川に挟まれて、隔絶されてるからかなあ。

ところで、足立区で育った人というのは、足立区を良く言わない人も多いじゃないですか。ホントは大好きなんですけど、外で話すときは、悪いことを2割増しくらいでしゃべちゃう(笑)。長く住んでる愛着のある土地って、どんなことがあっても好きでしょう?どこか「家族」に似てますよね。家族ってそういうもんでしょ。どんな親でも親は親。キライにはなれないですよね。「うちのオヤジってひどいオヤジなんだよ」って自分では言うけど、人に言われると「何だと!」と怒りますよね。何だか家族のような、そういう存在ですね、自分にとっての足立区って。自分をつくってきたのも足立区の風景で、僕の子どもたちも、育ってきた記憶は足立区で。子どものときの記憶って一生持って行きますからね。そこが足立区だっていうのは、何ていうのかなあ、いいと思うんだよなあ。

<談2010.12.14.>

しゅかわ・みなと

小説家。1963年大阪生まれ。9歳より足立区。出版社勤務を経て、2002年に「フクロウ男」でオール讀物推理小説新人賞を受賞してデビュー。2005年に『花まんま』で直木賞受賞。昭和30から40年代の下町を舞台とする、いわゆる「ノスタルジックホラー」には定評がある。

 

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