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更新日:2012年7月25日

~足立大好きインタビュー~ 俳優・金八先生 武田鉄矢さん

俳優・金八先生 武田鉄矢さん
「人がつながるまち」

金八先生として、20代のころから足立区に「通いつめた」と言う武田さん。「東京にやってきて最初の下宿先、僕にとっては、そんな気持ちになる区です」と語る武田さんに足立区を聞いた。

地域のつながりが強いまち

武田鉄矢さん

ロケ中にときどき見かける光景なんですが、小学生の男の子がひとりで路地を歩いて行くと、あちこちから「おかえり~」という声がかかっていますよね。いいなあと思って、眺めてるんですね。足立区は、地域の共同体がしっかりしているんだと思いますね。横の連携みたいなものが、どの区より強いんじゃないかと思います。よく喫茶店なんかをお借りして休ませてもらったりしてるんですが、香りがいい。何か、下町の、コミュニケーションの匂いがするんですよ。おじいちゃんがひとり入ってきて、珈琲が落ちるのを待つ間、ずーっと世間話をなさってるんですよね。そういうのがいいなあと思って、いつも聞いています。

それから、北千住駅東口の商店街も好きですねえ。本当に、何でも売ってて活気があってね。まちの暮らしの匂い、人間の暮らしのかもす香りっていうのかな、それがすごくいい。ぼおっと見とれるときがあります。その中にちょっと洒落たお店なんかもあってね。自分は九州の商店街の子だから懐かしくてね。九州と違うのは、ちゃんとした手づくりの和菓子屋さんがあるのは、江戸のまちの特徴ですね。ああいうのもいいなあと思います。

金八の物語は、共同体の結びつきが強い、このまちでしか考えられなかった物語ではないでしょうか。不良がいると商店街の人が出てきて、「あの子、何時ごろ見かけた」っていうような展開ですからねえ。

通いつめたまち

それから、最初のころにすごくお世話になったスナック喫茶があった。もう今は、店を閉められてしまったんですが、深夜ロケのとき、ずーっと灯りをともしておいてくれたこともありました。何時までやってんの?なんて聞いてくれて、ちゃーんとつきあってくれて。合間にラーメン出していただいたりして。寒いですからねえ、みんな嬉々として食べてましたね。風の吹いてない空間を提供していただけるだけでも、ありがたかったです。

あるとき、ものすごく寒かった早朝、お店に明かりがついていたので、「まさかやってないよな~」って言いながら扉を押してみたら開くんです。夜遅くまでやってらっしゃるので朝はいらっしゃらないのですが、サイフォンで珈琲が落としてあって。珈琲カップがきれいに並べられてあったんです。10月から3月のロケはいつも、川っ風の吹きっさらしで寒くてたまらなかったので、早朝落ちてた珈琲というのが本当に涙が出るほどありがたくて。

他のまちではこのような経験はありません。番組が長いので、まちの皆さんが、季節の歳時記みたいに受け止めてくださってたんでしょうねえ。本当に通いつめたっていうか、足立は、東京に出てきて最初の下宿先のようなまちです。

ロケやってる最中には「車止め」って作業があるのですが、最初はずいぶん怒られたものです。でも、そのうち慣れてくると、トラックの運転手さんがきちんと止まってくださって、撮影が終わるまで待ってくださる。それで後ろの車がクラクションを鳴らすと、「待ってやれ~。撮影やってんだから」と声かけてくださって。そういう声に本当に助けられましたね。

新旧が渾然と同居するまち

区内にある商店を使ったロケなども行われる

足立区は、23区ある中でも、激しく変わったところと最も変わらないところが一番、渾然と同居している区じゃないでしょうか。ふつうは東京臨海部のように、変わるとなったら根こそぎ変わってしまうのですが、足立区は両方が混在している。撮影のとき、土手から見える風景も大きく変わった。最初は高速道路もなくて、遠く筑波の山々が見えましたからね。今は高速道路なんかにぐるり囲まれてすっかり変わってしまいました。ところが、土手の一本道は、まったく変わらない。それから、堀切あたりの下町にもロケに入るんですが、あのあたりは全然変らないですよねえ。住人の皆さんも含めて。

いつもロケのちょっとしたすき間に休ませてもらうお団子やさんがあって、初めて僕が座らせてもらったときは、お父ちゃんとお母ちゃんと、まだ20代になったばかりの息子さんがいて。もうそのお兄ちゃんが代を受けて、子どもが3人生まれて。一番上の長男坊が、一番最初にやってきたときのお兄ちゃんとおんなじ顔になってますからねえ(笑)。それっくらい長いことやってるんだなあって、つくづく思いますね。

番組の中でも商店街の子と高級マンションの子の摩擦が出てきます。地域社会と関わろうとしない、住むだけ住む、っていう人たちが、古いまちに流入する。再開発などで価値観の違う人たちが入って来ると高気圧と低気圧の前線みたいなものができて地域がもめ始めるってことは、足立区でも顕著な現象じゃないでしょうか。そりゃ、そうです。関東大震災からずーっとまちで生きてきたような人たちの隣に、ITでどんと儲けた人たちが住むわけですから。金八先生の桜中学では、地元の高校へ行くというやつと、他区の優秀な高校へ行くというやつの間に軋轢が生まれる。そういった足立区の抱える問題は、やっぱり日本の問題、縮図だと思うんですよね。地域でもいろいろご対応されていると思いますが、番組では学校が取り持ってひずみを解決していきます。

足立区から始まる世界の物語

荒川土手を歩くオープニングは象徴的

30年の番組の中でも印象に残るのはやはり、土手の道ですね。物語の初めと終わりはいつもあの、土手の一本道なので、ここにはもう、数々の思い出があります。番組から離れたとしても、生涯忘れられない景色ですね。

ひとつ、忘れられないシーンがあります。パート1.の最後で、土手に子どもを30人ぐらい座らせて荒川に向かって説教をするんですが、テレビで15分というと撮影は4時間くらいなんですよ。朝の7時半に子どもたちを座らせて、その間に霜が融けて滑り始め、足が冷たいって泣き出す子もいる。当時はまだ、使い捨てカイロなんかもなかった時代で、あったまるためには火を焚くしかない。30年って、そんな遠い昔ですよね。泣き出した子を一生懸命励ましながらの撮影でした。

そこで金八先生が説くんです。君たちの目の前に荒川が流れている。この荒川はやがては東京湾に注ぎ、その海の向こうには世界の国々がある。その国の中には、受験戦争じゃない、本当の戦争で苦しんでいる子どもたちがいる。戦争に翻弄されたベトナムの子どもたちがいる。貧困に苦しむアフリカの子どもたちがいる。その子たちは勉強もできない。君たちは社会に出るだろうが、そういう矛盾した社会を、君たちの手で変えていくんだ。もうすぐ21世紀が来る。だから、八百屋さんになったら、正直な商売をしなさい。美容師さんになったら心の髪まで切ってすっきりとさせてあげなさい……そんな風に、市井の人たちの決意が日本を良くするんだという、壮大なスパンの話なんですよ。物語の構え方がいいですよねえ。下町のちっちゃな中学校のすぐ傍にある大河の脇の土手の上で、そこから見える風景から、全世界のことを語るっていうね。自分も若かったからねえ。本当、燃えて、火の出るような勢いでしゃべってましたねえ。

付録:千葉佐那のこと

足立区千住といえば、私の生涯の師である坂本龍馬の許婚といわれた千葉佐那さんが晩年、暮らしたまちです。書物を調べてびっくりしたのですが、龍馬が、堀切菖蒲園の菖蒲を油紙に包んで、土佐の乙女姉さんに送ったという記録がありましてね。あれは、千葉佐那さんの道場に通っていたころですから、きっと一緒に菖蒲園に遊びに行ったんじゃないかと思うんですね。そんな思い出の地に近い千住を、後に佐那さんが終生の地として選んだ。そんな推測もできそうに思えます。

<談2010.12.4.>

たけだ・てつや

俳優 歌手・アーティスト。1949年生まれ、福岡出身。1969年海援隊を結成、1974年「母に捧げるバラード」で日本レコード大賞企画賞受賞。足立区を主なロケ地とする3年B組金八先生のロングランほか多彩なドラマ出演、芸能活動で活躍中。

武田鉄矢公式サイト
http://www.takedatetsuya.com/(外部サイトへリンク)

 

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