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更新日:2011年4月19日

四ツ家の餅なし正月

四ツ家(現在の青井1丁目、2丁目付近)にはお正月には餅を食べないという風習があります。

四ツ家稲荷神社

四ツ家稲荷神社

これについては、四ツ家の村を開発した4軒の高橋(2軒)、鶴飼、市川の旧家を中心に伝えられています。この4名の者は、以前はいずれも武士でしたが、その身分を捨て、この地の開拓に従事したと伝えられています。

なぜ餅を食べないのかというと・・・

落ち武者となってこの地に落ち着いたのが年の暮れのことでしたので、餅の材料である餅米はもちろん、餅をつく余裕もなかったので、正月に餅の入らない芋雑煮ですませたということです。その後も、開拓当時の苦労をしのぶために、正月には餅を食べずに、芋雑煮でまにあわせてきたといいます。

餅なし正月については次のような昔話もあります

江戸時代、この付近に将軍様がよく鷹狩にこられました。そうした時には道の手入れや、目障りなものにふたをしたり、厳しい注意がありました。中でも火の元には特にやかましかったのですが、たまたま将軍様が鷹狩にこられた正月にある家から火を出してしまい、村全体が厳しいおとがめをうけました。それ以来、お正月に火を使って餅を食べることを禁止したということです。

絵本もちなし正月「あだちのむかし話しをたずねて」自主研究会制作より

絵本もちなし正月「あだちのむかし話しをたずねて」自主研究会制作より

○○を食べてはいけないということを食物禁忌といい、これを特別な家や一族の習慣である家例としているところは関東地方に多く見られるといわれます。

正月に餅を食べないとする家例も、足立区以外でも各地にみられます。

稲作が広まる以前には、畑作を主にしていて、必ずしも餅を儀礼食として食べていなかった地域も多く、そうした習慣を伝えていたのではないかと考えられています。

しかし、時代が下がり正月に餅を食べないということが珍しくなったため、その理由についての言い伝えがいろいろとされるようになったと考えられます。

先祖が戦に負けて落ち延びてきたのが大晦日で餅を搗く暇がなかったため、貧しかったためと伝えるところも他にありますが、足立区は実際に新田開発の歴史と家例とが結びついており、興味深い事例です。

もし餅つきをすると、火事が起きる、餅に血が混じるというような戒めを伝えるところもあります。

このほか、区内では大鷲神社の氏子は鶏肉や卵を食べないといわれています。

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