• 子育てに役立つ情報を集めました
  • シニアに役立つ情報を集めました
  • 足立の魅力BOX

ホーム > 地域文化活動 > 足立区立郷土博物館トップページ > キッズメニュー > 南足立郡から足立区へ~100年間で20倍になった人口~

ここから本文です。

更新日:2011年4月22日

南足立郡から足立区へ~100年間で20倍になった人口~

人口が増え始める

明治時代をむかえるころ、足立区の大部分はお米や野菜をつくる農村が広がっていました。1874年(明治7年)の人口は約3万人で、江戸時代とあまり変わらず、いまとくらべると大変少ない数でした。このころの足立は東京府南足立郡(みなみあだちぐん)となって千住に郡役所(ぐんやくしょ)ができ、郡の中に10の町と村ができました。

大正時代になると、数多くの工場や住宅ができはじめ、人口が急に増えていきました。1915年(大正4年)には約5万4千人、1920年(大正14年)には約8万9千人となりました。

足立区ができる

昭和時代になると人口はさらに増えて、1930年(昭和5年)には約12万7千人になりました。1932年(昭和7年)、東京との併合(へいごう)が行われ、南足立郡は東京市足立区になり、東京の一部となりました。1943年(昭和18年)には東京市が東京都となり、今の東京都足立区となりました。

人口はその後も増え続け、1950年(昭和25年)には約26万人、1965年(昭和40年)には約48万人になりました。このころまでは農地が広がっていましたが、工場、団地、住宅にその姿を変え、1973年(昭和48年)には60万人をこえました。この数字は約100年前の1874年の約20倍で、足立が短い間に急に変わったことを物語っています。

最初の足立区役所(昭和時代のはじめ)

最初の足立区役所(昭和時代のはじめ)

1964年(昭和39年)ごろの花畑団地(はなはただんち)

1964年(昭和39年)ごろの花畑団地(はなはただんち)

お問い合わせ

足立区立郷土博物館
電話番号:03-3620-9393
ファクス:03-5697-6562
Eメール:hakubutsukan@city.adachi.tokyo.jp

メールフォーム:おしえてメール

メールでお問い合わせいただく場合、お使いのメールアドレスによっては、返信することができません。
くわしくは「足立区からメールを送信できないメールアドレス」をご覧ください。

より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください

このページの情報は役に立ちましたか?

このページの情報は見つけやすかったですか?