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更新日:2011年4月22日

鎌倉幕府と武士団~足立氏一族の活やく~

足立遠元(あだちとおもと)と鎌倉幕府(かまくらばくふ)

桶川市にある足立氏居館跡

桶川市にある足立氏居館跡

平安時代の終わりころ、武蔵国(むさしのくに、埼玉県・東京都・神奈川県の一部)各地で武士団が活やくし、足立郡(あだちぐん、今の足立区から鴻巣市(こうのすし)あたり)には足立氏(あだちし)一族が勢力を持ちました。源頼朝(みなもとのよりとも)は平氏(へいし)をたおすため立ち上ると、足立遠元(あだちとおもと)も軍勢に加わりました。頼朝は喜び、遠元が足立郡を支配する権限を認めました。平氏がほろび、頼朝が1192年(建久(けんきゅう)3年)朝廷(ちょうてい)から征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)に任命され、鎌倉(かまくら、神奈川県鎌倉市)に幕府(ばくふ)を開くと、遠元は重要な役人に任命されました。

その後の足立氏一族

兵庫県に残る足立氏一族の墓

兵庫県に残る足立氏一族の墓

遠元の一族は、幕府の重要な行事に参加していました(『吾妻鏡(あづまかがみ)』)。息子の元重(もとしげ)は、今の足立区にあたる淵江(ふちえ)を治めていました。1221年(承久(じょうきゅう)3年)に朝廷は幕府をたおすため軍勢をあげました(承久の乱)。戦いは幕府が勝ち、朝廷が西日本に持っていた領地は、幕府に味方した武士にあたえられました。足立氏は武蔵国から丹波国(たんばのくに、兵庫県)に移り、戦国時代まで栄えた者もいました。今も兵庫県には「足立」家がたくさんあります。足立区あたりでは1300年代の終わりころまで、足立大炊助(あだちおおいのすけ)が石塚(いしづか)村(栗原(くりはら)周辺)を支配しました。

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