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更新日:2011年4月22日

明治から昭和の文化~足立ゆかりの人々~

森鴎外(もりおうがい)と千住

森鴎外(もりおうがい)が書いた記念碑

森鴎外(もりおうがい)が書いた記念碑

鴎外は明治・大正時代を代表する文学者で、小説『舞姫(まいひめ)』や『阿部一族(あべいちぞく)』の作者です。1879年(明治12年)から1892年(明治25年)の間、千住には鴎外の父、静男(しずお)や彼(かれ)の家族が住み、鴎外も1881~89年(明治14から22年)の間、ドイツ留学をはさんで千住に住みました。鴎外という名前も千住を意味していました。

荒川五色桜(あらかわごしきざくら)と文豪(ぶんごう)

1886年(明治19年)、江北(こうほく)の人々が作った3225本の桜並木は五色桜と呼ばれ、明治から昭和時代の初めにかけて足立の名所になりました。この桜の苗木(なえぎ)がアメリカワシントンにおくられ、ポトマック川の川岸の桜となりました。みごとな桜を見るために多くの人が訪れました。文豪として知られた作家も訪れ、田山花袋(たやまかたい)の『東京近郊(きんこう)一日の行楽』や永井荷風(ながいかふう)の『放水路』(ほうすいろ)という作品にえがかれています。残念なことに荒川放水路(ほうすいろ)の建設で五色桜は姿を消してしまいました。

1917年(大正6年)の五色桜(ごしきざくら)

1917年(大正6年)の五色桜(ごしきざくら)

昭和の文化を担った人々

昭和時代の自由主義思想家の河合榮治郎(かわいえいじろう)は千住の酒屋の生まれでした。また為成菖蒲園(ためなりしょうぶえん)は千住の人で、高浜虚子(たかはまきょし)の教えを受けた俳句作者です。千住河原町でヤッチャバ句会(やっちゃばくかい)という俳句の会を開きました。

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