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更新日:2017年4月20日

武州千住 冨嶽三十六景と千住

武州千住 北斎が描いた場所はここだ!

冨嶽三十六景 武州千住

飾北斎の「冨富嶽三十六景」は富士山を主題とし全46景からなる浮世絵の名作です。このシリーズのなかで、足立区域(千住)を描いた作品が二作あります。

武州千住」と「隅田川関屋の里」です。現在、隅田川をはさんで北側が足立区、南側が荒川区と行政区域が分かれています。江戸時代には、千住宿といった場合、【足立区分】千住一丁目から千住五丁目、掃部宿、河原町、橋戸町、【荒川区分】小塚原、中村町の10か町を示していました。

「従千住花街眺望ノ不二(せんじゅはなまちよりちょうぼうのふじ)」は、現在では台東区域からの作品になりますが、描かれた当時は、荒川区分の小塚原・中村町の地域にあたっていたため、「千住」と表記されています。

「武州千住」はどこ?

冨嶽三十六景住といっても、宿場の賑わいは描かれず、馬を曳く農夫、釣りに興じる二人と、牧歌的な風景が描かれています。馬の背につけられている運搬具は、駄付けモッコ(だつけもっこと)、「スカリ」などとよばれる道具で、大宮台地では畑のドロツケに使われます。土や堆肥など、運ぶ形にこだわらず詰め込めるものの運搬に使われるものです。そうしたことからこの画で運ばれているものは、野菜ではなくて草・・・、このあたりは江戸近郊のため下肥を多用し、草を刈って堆肥を作る習慣がほとんどないので、馬の飼料として刈った草なのだと思われます。

綱には替えのわらじが結び付けられており、意外と遠方への往来がうかがわれます。

面左の端にほんの少し見えるのは、稲藁を積んだ「稲ニオ(藁 ボッチ)」で、晩秋に作られその藁は冬から春の間に少しずつ使用して、通常夏場にはなくなります。富士山には真っ白に雪がありますが、北斎は季節と雪の多少については、あまり厳密ではないようなので、緑の草や、腕を出した農夫などの全体的な様子から、現在の五月ごろを示していると考えてみました。

元宿堰夫と馬の向こうには、大きな堰枠(せきわく)がみえます。これは元宿圦(もとじゅくいり)に設けられた元宿堰とよばれる堰枠で、隅田川の水が用水路に逆流しないための役割を果たしていました。元宿とは、この圦のある集落の名称です。大きな堰枠は用水管理の役割はいうまでもなく、千住方面から、西新井大師や武州江戸六阿弥陀の参詣の折に通る大師道、熊谷堤の通過点でも、千住の絵図(部分)に描かれた堰枠 高田家絵図があり、とても目立ったためか、いくつかの絵図にも描かれ、ランドマーク的な役割も担っていたと思われます。

って、釣りをしているのは元宿圦、遠くに見えるのは、隅田川ということになります。現在の住所では、千住桜木1丁目と2丁目の境、帝京科学大学入口交差点付近にあたります。

武州千住を描いた範囲地図
(明治17年迅速側図)赤矢印 馬と農夫が進む方向、青線 浮世絵に描かれた視界

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